演出家ロメオ・カステルッチの創作に迫る(3)

 初演に寄せて、カステルッチがこれまで手がけたオペラの数々に見られる演出意図や特徴を紹介する記事からの紹介3回目は、彼自身の視点と演出におけるアプローチについての内容です。
(原文はバイエルン国立歌劇場より提供 文:レイリ・ダリオシュ) 

ロメオ・カステルッチ
写真提供:バイエルン国立歌劇場

私が見つめるもの、私たちを見つめるもの
 観客であるということは、今日何を意味するのか? ナサニエル・ホーソーンの小説『牧師の黒いベール』(1836年)にインスピレーションを得て、カステルッチはベールのメタファーを用いる。この布地は、現実のものと眼差しとの間にあって、ひとを不信や不安に導き、ついには現実を新たにでっち上げて、ある別の知覚が可能になる。

「私たちの誰もが身体を、生(せい)を、自我を持っています。自我によって眼差しが定められます。観客としての私は、私が一瞬一瞬に見るものを形作ります。人間的な本質によって定められた眼差しはまるで、一枚の布切れのよう、見られるものと眼差しとの間にある、一枚のベールのようです。眼差しは絶対に必要不可欠なひとつの次元です。私はここで、挿絵やテレビ映像、広告ポスターのことを語っているのではありません。そういったものの中には、見るべきものは何ひとつありません。この場合、眼差しが求められることはないのです。演劇では、私自らが、私の見るものを形作ります。だから、ある作品がちゃんと機能するときには、すべての観客が最後、何かいろいろなものを見ています。」

カステルッチが演出した《オルフェオとエウリディーチェ》(左)と《パルシファル》(右)
ブリュッセル、モネ劇場 Photo:Bernd Uhlig

 カステルッチの芸術的なアプローチの仕方、眼差しについての絶え間ない思慮は、聴くことにも関連しうる。古代ギリシアは《オルフェオとエウリディーチェ》から消える。中世の城、聖槍、聖杯、円卓の聖騎士は、《パルジファル》の舞台から永久に去った。《パルジファル》は、人類の悲劇的な運命を扱う。人類はいまだに、神聖と見なされる自然の諸要素と、また、それら固有の動物的な本性と結びついている。しかしその文化はますます、厳粛な性質と感覚的なものを失っている。第一幕、人間が密林で自然と調和して生きる(したがって見る者にとってほとんど不可視となる)のに対して、終幕では救済と聖金曜日の奇跡が扱われ、200人のエキストラが歌手たちと舞台に立つ。この密集した人の群れは、匿名の大都市群衆の象徴であり、ベルトコンベヤーの上を絶え間なく歩き、我々観客に、不確定な未来に向かう道を開く。その未来は、一人ひとりが自分のやり方で解釈できる。カステルッチの悲劇の英雄は非神話的だ。際限なく拡がる大都市で行き場を失う無名の存在として、彼は、現実から引き剥がされたひとりの流浪者だ。その匿名性の中で、彼は新たな共同体を形づくろうとする。精神的なもの、宗教的なもののかなたにある、ある新たな言語を探し求める中で、彼はひょっとしたらその内面の一番深くで、悲劇的なものの意味を認識するのかもしれない。

◾️ロメオ・カステルッチ プロフィール
チェゼーナに生まれ、農学を修めたのち、ボローニャ芸術大学で舞台美術と絵画を学ぶ。1981年、クラウディア・カステルッチ、キアラ・グイディと劇団ソチエタス・ラファエロ・サンツィオを結成、創立時より芸術監督を務める。代表作に『オレステイア』、『ジュリオ・チェザーレ』、『神曲 地獄篇』、『神の子の顔の概念について』、『オルフェオとエウリディーチェ』、『春の祭典』、『いずれとも知れず』がある。演出家および舞台美術家としての活動の傍ら、演劇理論についての著作でも知られる。《タンホイザー》は彼のバイエルン国立歌劇場での初演出。


【公演日程】
バイエルン国立歌劇場日本公演
《タンホイザー》
作曲:R.ワーグナー
演出:ロメオ・カステルッチ
指揮:キリル・ペトレンコ
9月21日(木) 3:00p.m.
9月25日(月) 3:00p.m.
9月28日(木) 3:00p.m.
会場:NHKホール

■予定される主な出演
領主ヘルマン:ゲオルク・ゼッペンフェルト
タンホイザー:クラウス・フロリアン・フォークト
ウォルフラム:マティアス・ゲルネ
エリーザベト:アンネッテ・ダッシュ
ヴェーヌス:エレーナ・パンクラトヴァ

※表記の出演者は2017年1月20日現在の予定です。
http://www.bayerische2017.jp/tannhauser/