演劇研究者・ジャーナリストとして、カステルッチ氏に直接会った経験をもつ岩城京子さんによる演出家ロメオ・カステルッチの創作についての考察後編です。
根本矛盾や二重否定を探究する志向性は、カステルッチの過去作品でも多く見てとれる。例えばシェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』を演出した際には、最高峰の弁舌家であるマーク・アントニー役に、気管切開手術をして声が出ない俳優を配役した。現代イタリア語の父・ダンテが数学的に美しい修辞を用いて構築した『神曲・地獄編』を舞台化するにあたっては、原作の言葉をほぼ使用せず、図像の連鎖だけで作品を作りあげた。あるいはストラヴィンスキーの『春の祭典』では、処女の生贄によって繁栄する世界を踊りによって表現するために、ダンサーを舞台上から排して、72頭の牛を殺処分して生成された肉骨粉を吐き出す無機物であるマシーンに振り付けた。理解できないもの、解説できないもの、言語化できないもの。その不可能性の壁の先にこそ、演劇の可能性があるとカステルッチは考える。またこの考えに基づいて、彼は挑発的に、舞台と客席のあいだでは「対話なんて起きない」と断言する。一般的な意味での対話が、どうやら無理だと分かったとき。その対話不全の壁にぶちあたったときこそ、芸術は、自分と相手とのあいだに「エネルギーの潮流」を起こしてみせるという。まとめるなら、彼の演劇の真髄は、極上の音楽がそうであるのと同じく、理性だけでは決して処理できない内臓感覚に訴えてくる情動にあるといえる。そんなカステルッチの慧眼とワーグナーの音楽が融合したとき、果たしてどのような聖俗混合の審美世界が生まれてくるのか。禁忌や侵犯をも圧倒的な美に変えてしまう、異世界が生まれてくるような気がしてならない。
(岩城京子 演劇研究・ロンドン大学ゴールドスミス)
【公演日程】
バイエルン国立歌劇場日本公演
《タンホイザー》
作曲:R.ワーグナー
演出:ロメオ・カステルッチ
指揮:キリル・ペトレンコ
9月21日(木) 3:00p.m.
9月25日(月) 3:00p.m.
9月28日(木) 3:00p.m.
会場:NHKホール
■予定される主な出演
領主ヘルマン:ゲオルク・ゼッペンフェルト
タンホイザー:クラウス・フロリアン・フォークト
ウォルフラム:マティアス・ゲルネ
エリーザベト:アンネッテ・ダッシュ
ヴェーヌス:エレーナ・パンクラトヴァ
※表記の出演者は2017年1月20日現在の予定です。
http://www.bayerische2017.jp/tannhauser/