2013/14年のシーズンからはケント・ナガノの後任として、ドイツのオペラ界でも最高のポストのひとつバイエルン国立歌劇場の音楽総監督に迎えられた。08年からバイエルン国立歌劇場の総裁(インテンダント)の座にあるニコラウス・バッハラーとペトレンコの関係は、バッハラーがウィーン・フォルクスオーパーの総裁を務めていた時代(1996〜99)にさかのぼる。ペトレンコはウィーン国立音楽大学を卒業すると、ただちにバッハラーによってフォルクスオーパーに採用され、1997年から99年までカペルマイスターとして在籍したのだ。ちなみに当時フォルクスオーパーで首席指揮者を務めていたのがアッシャー・フィッシュである。
ペトレンコは西シベリアのオムスク生まれだが、ソ連邦国家芸術家の称号を得ていたヴァイオリニストの父が冷戦の終結した90年にフォアアールベルク交響楽団に移籍したのにともない、18歳でオーストリアに移住している。ドイツ・オーストリア文化のなかでペトレンコが音楽家として成長したということは見逃してはならない事実だ。
2013年の夏にはバイロイト音楽祭で新制作された《ニーベルングの指環》(演出:フランク・カストロフ、舞台美術:アレクサンダー・デーニック)の指揮で大成功をおさめる。同年秋からはバイエルン国立歌劇場の音楽総監督として活動を開始し、R・シュトラウス《影のない女》、モーツァルト《皇帝ティトの慈悲》、ツィンマーマン《軍人たち》の新制作などを13/14年のシーズンに手掛け、バイロイトでの成果とあわせて13年の年間最優秀オペラ指揮者に選ばれた。14/15年のシーズンはドニゼッティ《ルチア》とベルク作曲《ルル》の新制作と《ニーベルングの指環》などをバイエルン国立歌劇場で指揮、もちろんバイロイト音楽祭にも出演し、最優秀オペラ指揮者に二年連続で選出されている。
15年にはサイモン・ラトルの後任としてベルリン・フィルの次期首席指揮者兼芸術監督に選ばれ、ペトレンコの知名度は日本でも急上昇した。これまで来日の機会がなく、メジャーレーベルによるCD録音もないことから、「無名の指揮者」をベルリン・フィルが選んだというような報道もされたが、ウィーン、ベルリン、ミュンヘンというドイツ・オーストリアの三大文化都市で、優れた音楽づくりによって、聴衆ばかりでなく共演する音楽家たちをも魅了してきた実績はあなどれない。ワルター、フルトヴェングラー、カラヤンといった過去のスター指揮者とは異なる資質をもった、同時代の、そして未来の巨匠であるペトレンコがつむぎだす音楽を体験できる機会がもうすぐやってくる。
文:寺倉正太郎(劇場ジャーナリスト)
【公演日程】
バイエルン国立歌劇場日本公演
《タンホイザー》
作曲:R.ワーグナー
演出:ロメオ・カステルッチ
指揮:キリル・ペトレンコ
9月21日(木) 3:00p.m.
9月25日(月) 3:00p.m.
9月28日(木) 3:00p.m.
会場:NHKホール
■予定される主な出演
領主ヘルマン:ゲオルク・ゼッペンフェルト
タンホイザー:クラウス・フロリアン・フォークト
ウォルフラム:マティアス・ゲルネ
エリーザベト:アンネッテ・ダッシュ
ヴェーヌス:エレーナ・パンクラトヴァ