《アモーレとプシケ》に使用する楽曲について、音楽ディレクターの濱田芳通に聞いた。
この《アモーレとプシケ》は「パスティッチョ」である。これはバロック時代に盛んに行なわれていたオペラのスタイルでヘンデルやヴィヴァルディなど著名な作曲家も手掛けている。たいてい既成の台本をもとに複数の作曲家のヒット曲をちりばめてまったく新しい作品に仕立て上げるというもの。言うなれば、おいしいものが詰まったパイ。それもそのはず、パスティッチヨとはイタリア語でパイ菓子のことなのだ。オペラ・ファンなら何年か前のニューヨーク・メトロポリタン・オペラの《魔法の島》(METライブビューイングで上映された)や神奈川県立音楽堂でのファビオ・ビオンディが指揮した《メッセニアの神託》を思い起こされるかもしれない。
パスティッチョは既存のオペラの台本を使う場合もあるが、今回はギリシャ神話をもとに帝政ローマ時代の作家ルキウス・アプレイウスが書いた『黄金のロバ』の「アモーレとプシケ」をもとに彌勒忠史がオリジナルの台本を作成。ヴェーネレ(ヴィーナス)から絶世の美女プシケに醜い男と恋に陥らせるように命じられたアモーレが、誤って自身が彼女に恋してしまうという話(詳しくは前回のサイトの記事をお読みください)。音楽は17世紀の名曲。となればやはりこの人だ。数々の初期バロックのオペラの指揮を手掛け、昨年はダ・ヴィンチの幻の歌劇《オルフェオ物語》の上演で話題を呼んだ濱田芳通。
今回の公演にはオペラが誕生した頃の17世紀前半の音楽が用いられる。現時点での演奏曲目を見ると、18世紀のオペラで喩えれば〈オンブラ・マイ・フ〉や〈泣かせてください〉級の人気曲がずらり。
「そうなのですよ。名曲ばかりで気恥しいくらい(笑)。選曲も彌勒さんが担当されているのですが、お馴染みのカッチーニの〈愛の神よ、何をぐずぐずしているのか〉やモンテヴェルディの名作オペラ《オルフェオ》《ポッペアの戴冠》からのナンバー、メールラの歌曲。イタリア音楽ばかりでなくて、ダウランドのリュート歌曲やパーセルの《妖精の女王》からの歌曲というように英語の歌曲も予定しています。もちろん場面にあわせて器楽曲もあります」
《ポッペア》の超官能的な二重唱、ダウランドのダークでメランコリックな歌曲やパーセルの〈泣かせてください〉も聞きどころだが、メールラの〈愚かな恋人〉は何度でも聴きたくなる名歌だ。17世紀の音楽の魅力を一言でいうと?
「まだ調性音楽ではなく旋法的なのでフォークロア的な親しみやすさがあります。僕からするとどうして18世紀のオペラばかり人気があるんだろう?って思いますよ。バロック・オペラでも随分違う。根っこは同じでも違うジャンルといってもいいくらいです。喩えてみれば、ソンとサルサ、サンバとボサノヴァ。
それから17世紀の声楽曲は、歌詞が韻律の制約の中でダブルミーニングになっているものが多いです。表とは違う意味があって、たいてい相当にセクシャルなんです。仄めかしや隠喩に満ちていて、演奏するときにも意識しています」
あれこれ想像しながら聞く楽しみがあるというわけだ。もう少し具体的に当公演について述べると、物語は日本語の台本で進行し、主役のアモーレはコンテンポラリー・ダンサーの白髭真二、ヴェーネレは能楽師の観世喜正や梅若紀彰(ダブルキャスト)、プシケは日本舞踊の花柳凜が舞い演じる。彼らの心情は新海康仁と坂下忠弘ら歌手たちが歌う。プシケの2人の姉は阿部雅子と上杉清仁。器楽アンサンブルはもちろん古楽演奏のスペシャリスト集団アントネッロ、それに箏の吉永真奈。演出は彌勒忠史。能楽師2人が17世紀の音楽をどう感じておられるか興味深いところだ。
「彌勒さんは“和もの”が大好きなんですよ。観世喜正さんらとも親しくて一緒にお仕事をされています。器楽はヴァイオリンやガンバ、リコーダー、コルネット、パーカッションに多彩な通奏低音楽器を用います。それに吉永真奈さんの箏。この方の演奏、本当に素晴らしくて、なるべく西洋の楽器と一緒に弾いていただこうと思っています。当時の習慣に併せて編曲は自分でやります。器楽曲も入れますが、歌がポピュラーな曲ばかりなので器楽曲はあまり知られていない名曲、たとえばドイツの曲を演奏しようと思っています。ドイツの音楽家はイタリア音楽に憧れていたのでイタリアの声楽作品ともよく馴染みます。たぶん器楽奏者と声楽が歌舞伎舞踊の長唄のように並び、随所に歌とセリフを入れて、それに合わせて前景で主役の扮した舞踊家さんたちに舞っていただくことになると思います」
衣裳はパンフレットにあるように東洋のテイストだが、能楽師は能装束とのこと。能や日本舞踊、コンテンポラリーダンスに西洋の古楽器アンサンブル+箏がつむぐギリシャ神話。まさに時空を超えたエンターテインメント。彌勒忠史と濱田芳通、そして日本を代表する能楽の一門らの競演。きっと世界でただ一つのステージになることだろう。
取材・文:那須田 務
【Information】
彌勒忠史プロデュース
バロック・オペラ絵巻《アモーレとプシケ》
(セミ・ステージ形式/日本語字幕)
2020.3/19(木)18:00
3/20(金・祝)14:00
紀尾井ホール
制作総指揮・脚本:彌勒忠史
音楽ディレクター:濱田芳通
振付・ステージング:森田守恒
キャスト
プシケ:花柳凜
アモーレ、西風:白髭真二/2役
ヴェーネレ、父王:観世喜正(19日)・梅若紀彰(20日)/2役・ダブルキャスト
2人の姉:阿部雅子、上杉清仁
歌:阿部雅子(ソプラノ)、上杉清仁(カウンターテナー)、新海康仁(テノール)、坂下忠弘(バリトン)
演奏:アントネッロ(古楽アンサンブル)、吉永真奈(箏)
料金:S¥10,000 A¥7,000 U29-A*¥3,000
*U29は公演当日に29歳以下の方を対象とする割引料金です。
問:紀尾井ホールチケットセンター 03-3237-0061(10時~18時/日・祝休)
http://www.kioi-hall.or.jp/