演出家カスパー・ホルテン インタビュー(1)

カスパー・ホルテン

カスパー・ホルテン

――今回の《ドン・ジョヴァンニ》は、ホルテンさんが英国ロイヤル・オペラのために演出した2作目のオペラになります。この作品を以前演出したことはありますか?

ホルテン:だいぶ前ですが、1999年にデンマーク王立歌劇場で初めて演出しました。また、2012年には『JUAN』というタイトルで、《ドン・ジョヴァンニ》の映画も発表しました。それを含めれば、今回の演出が三度目になります。
 以前演出したオペラを新しく手がける場合、難しく感じる作品もありますが、《ドン・ジョヴァンニ》の場合は三度ともまったく違ったアプローチで取り組むことができました。映画の場合は自然主義的な手法が必要ですが、今回の舞台演出では、大部分が主人公のイマジネーションの中で起こるという、いわばヴァーチャルな世界を扱っています。
 

 

 

 

 

映画『DON GIOVANNI(Juan) 』の場面(ロイヤル・オペラ プログラム誌より)

映画『DON GIOVANNI(Juan) 』の場面
(ロイヤル・オペラ プログラム誌より)

――演出のコンセプトについてお話しいただけますか。

ホルテン:だれもが自分なりのドン・ジョヴァンニ像を持っているとは思いますが、私の考えでは、彼はきわめて豊かなイマジネーションの持ち主で、女性と知り合うと彼女が心の中で望んでいること、夢や欲望を読み取ることができ、一瞬だけその夢をかなえてあげることができるのです。その意味では彼は芸術家肌だといえるでしょう。でもそれは幻想であり、女性たちはそれに気づかず、彼が創り出した世界を信じてしまい、あとで傷つくのです。誰も本当のドン・ジョヴァンニに会うことはないのです。
 こうした世界を描くには、プロジェクション・マッピングを用いるのがぴったりではないかと、舞台美術のエス・デヴリンと構想を練っている時に考えつきました。舞台上の建物は、いってみればドン・ジョヴァンニ自身であり、彼の頭の中の象徴でもあります。そこに彼が創り出す夢や幻想--そして彼が付き合った多くの女性たちの名前--をプロジェクションで映し出し、しかもそれらがいかに儚いものであるかも示しています。最終的にはすべてが消え去り、彼は独り取り残されるのです。

リハーサル中のカスパー・ホルテン(ロイヤル・オペラ プログラム誌より) ©ROH_Bill Cooper,2014

リハーサル中のカスパー・ホルテン(ロイヤル・オペラ プログラム誌より)
©ROH_Bill Cooper,2014

――今回のプロダクションでは、この「地獄落ち」の場面が議論を呼びましたね。

ホルテン:ドン・ジョヴァンニのような人物にとって、究極の罰とはなんだろうかと考えた時に、それは孤独なのではないでしょうか? 結局、彼は孤独になることが怖いから、次々と女性を誘惑しては、その瞬間だけ現実を忘れようとするのです。その意味で、彼にとっての「地獄落ち」は独りになることなのではないかとこの演出では考えます。

(インタビュー・文 後藤菜穂子 在ロンドン、音楽ジャーナリスト)
*インタビューは(2)に続きます。

■英国ロイヤル・オペラ2015年来日公演《ドン・ジョヴァンニ》