知っておきたい “タンホイザー”のこと(1)

 ワーグナーは作曲だけではなく、台本も自らが書きました。その題材には伝説や神話が用いられました。オペラにこれらの題材が用いられることは珍しくはありませんが、ワーグナーの場合、もとの伝説はかたちを変えたり、混ぜ合わしたり、多彩にアレンジされています。もっとも、《タンホイザー》では、2つ(3つと考えられることもある)の伝説は、他のオペラよりもはっきりとわかるかたちで用いられています。オペラが始まる前におさらいしておくことにしましょう。

フリードリッヒ・スタールによる木版画「ヴェーヌスベルクのタンホイザー」
C)akg-Images.Berlin

 まず1つめは、オーストリア公フリードリヒ2世に仕えていたと記録が残っている実在の人物タンホイザーにまつわる「タンホイザー伝説」。放蕩な生活を送っていたとされますが、15世紀につくられた伝説というのが、ワーグナーの目にとまったのは明らかです。伝説は、ヴェーヌスが住まうところで快楽にふけったタンホイザーが、良心の咎めによりヴェーヌスのもとを去り、ローマ教皇ウルバヌスに懺悔する。しかし教皇は自分のもつ枯れ木の杖に芽が出るようなことがない限り、赦されることはないと言う。すなわち、決して赦されないということ。絶望したタンホイザーはヴェーヌスのもとへ帰っていく。ところが、それから数日後、ローマ教皇の杖に芽が生えた! 教皇はタンホイザーの行方を探させるが、タンホイザーが見つけ出されることはなかった、というものです。
 タンホイザーが自発的にローマ教皇のもとに行くこと、そして許されずにヴェーヌスのもとへ帰って行ったということのほかは、オペラにそのまま取り入れられていることがわかります。ただし、オペラでは、タンホイザーがヴェーヌスベルクを離れたいと考えたのは良心の咎めからと限定はできないかもしれません。ワーグナーはタンホイザーの心理を、より重層的なもの、揺れ動く人間の心理として描こうとしたのではないでしょうか。そのために他の伝説も取り混ぜることが必要だったのでしょう。

その(2)に続く


【公演日程】
バイエルン国立歌劇場日本公演
《タンホイザー》
作曲:R.ワーグナー
演出:ロメオ・カステルッチ
指揮:キリル・ペトレンコ
9月21日(木) 3:00p.m.
9月25日(月) 3:00p.m.
9月28日(木) 3:00p.m.
会場:NHKホール

■予定される主な出演
領主ヘルマン:ゲオルク・ゼッペンフェルト
タンホイザー:クラウス・フロリアン・フォークト
ウォルフラム:マティアス・ゲルネ
エリーザベト:アンネッテ・ダッシュ
ヴェーヌス:エレーナ・パンクラトヴァ

※表記の出演者は2017年1月20日現在の予定です。
http://www.bayerische2017.jp/tannhauser/