ペトレンコに王冠を!

Photo:Wilfried Hösl

 速いのか遅いのか? 軽快なのか重厚なのか? 王冠を被っているのかいないのか?
 聴いてみなければわからない。客席の明かりが消えて指揮者が現れるまで、こんなにゾクゾク、ワクワクしたのは久しぶりだ。何しろ現れる指揮者はペトレンコだ。いま最も注目されている指揮者を、何度か聴いているならともかく、実際に聴くのはこれが初めて。しかも振るのはワーグナーときている。バイエルン国立歌劇場2015/16年シーズン一番の聴きものはペトレンコ指揮のワーグナー《ニュルンベルクのマイスタージンガー》だった。
 カラヤンが帝王として君臨していたのは昔の話だが、もしも音楽界に玉座があるとしたら、それはベルリン・フィルの指揮壇上だ。フルトヴェングラーからカラヤン、カラヤンからアッバード、アッバードからラトルへと受け継がれてきた冠を、次にキリル・ペトレンコが被る。発表された時は困った。一度も実際の演奏を聴いていなかったからだ。バイロイトでもウィーンでも聴きそびれている。バイエルン国立歌劇場の音楽総監督で、ベルリン・フィルの次期音楽監督になる指揮者だというのに一体どうして?
 なぜペトレンコなのか? どんな演奏をするのか? 評判が良かったのは知っているし、録音された演奏なら知っている。でも自分の耳で聴かなければ・・・。オペラを振るカラヤンを聴いた時はその前に何度もコンサートを聴いた後だった。クライバーを初めて聴いた時はまるっきり期待していなかった。今度は違う。これから聴こうとしているのは音楽界の玉座に就こうとしている指揮者なのだ。
 《ニュルンベルクのマイスタージンガー》の前奏曲が始まっていくらもたたないうち、安心してしまった。良かった! こういう演奏をする指揮者なら好みに合わない未来が来る怖れはないぞ。古めかしく思ったるいワーグナーじゃない。前進するエネルギーと高揚感にあふれている。全曲が終わるころには、ワーグナー好きなら誰もが求める霊感豊かな指揮者の登場で幸せな気分になっていた。この夜勝利の冠を被るべきは、ザックスでもヴァルターでもなく、ペトレンコだった。
 さあ《タンホイザー》だ。
文:堀内 修(音楽評論家)

【公演日程】
バイエルン国立歌劇場日本公演

《タンホイザー》
作曲:R.ワーグナー
演出:ロメオ・カステルッチ
指揮:キリル・ペトレンコ
9月21日(木) 3:00p.m.
9月25日(月) 3:00p.m.
9月28日(木) 3:00p.m.
会場:NHKホール

■予定される主な出演
領主ヘルマン:ゲオルク・ゼッペンフェルト
タンホイザー:クラウス・フロリアン・フォークト
ウォルフラム:マティアス・ゲルネ
エリーザベト:アンネッテ・ダッシュ
ヴェーヌス:エレーナ・パンクラトヴァ

http://www.bayerische2017.jp/tannhauser/