カスパー・ホルテンの《ドン・ジョヴァンニ》

追う女と追われる男、愛と疑惑、罪と罰… プロジェクション・マッピングの効果が魅せるスピーディな展開

ホルテン演出のフィナーレPhoto:ROH/Bill Cooper,2014 for Don G

ホルテン演出のフィナーレPhoto:ROH/Bill Cooper,2014 for Don G

 2011年から英国ロイヤル・オペラのオペラ・ディレクターに就任したカスパー・ホルテンは、今やロンドン以外の歌劇場でも活躍をみせる気鋭の演出家。1973年コペンハーゲン生まれのホルテンによる新鮮な視点による演出が注目と人気を呼んでいます。《ドン・ジョヴァンニ》は、英国ロイヤル・オペラでは彼の2作目の新演出として2014年2月に初演、今年6月には再演が行われました。
 ホルテンはこの新演出より前に、映画『ドン・ジョヴァンニ(Juan)』を制作しています。その際、スクリプターの言葉に驚いたそうです。モーツァルトのオペラを知らなかった彼女にとっては、ドン・ジョヴァンニのような男はヒドイ悪党でしかなく、共感すべき点がないと。たしかに、ドン・ジョヴァンニの行いは不道徳にして非道ですが、オペラを知る者にとっては“抗えない魅力をもった男”が大前提になっています。この驚きをもとに、ホルテンがドン・ジョヴァンニへの視点をあらためてもったことは、オペラの新演出にも影響していると考えられます。

 ホルテンはオペラの新演出では、ドン・ジョヴァンニの独創的かつ性的なエネルギーに焦点を当てました。そのエネルギーは魅力的ですが、破壊的でもあります。ドン・ジョヴァンニは、最期まで悔いることなく地獄に落ちていくことになりますが、ホルテンの演出は、ドン・ジョヴァンニが自らこの最期に突き進んでいこうとしているようでもあります。オペラが終わったとき、おそらく大方の人が意外に感じ、でもふと立ち止まって、現代における“ドン・ジョヴァンニにとっての地獄”とは?と考えることを、ホルテンは想定したのかもしれません。追う女と追われる男、愛と疑惑、罪と罰、時代を問わないこの普遍のテーマを、現代に生きる者はどう考えるか?と。

カスパー・ホルテンPhoto:Sim Canetty-Clarke 2011

カスパー・ホルテンPhoto:Sim Canetty-Clarke 2011

 また、このプロダクションでは、騙し絵効果ともいえるような舞台装置に加え、プロジェクション・マッピングが用いられているのも見どころです。現実と非現実、あるいは揺れ動く登場人物たちの心情がさまざまな投影によってスピーディに表されていきます。新しいアイディアに挑む演出家カスパー・ホルテンならではのプロダクションといえるでしょう。

★カスパー・ホルテンって、こんな人★

映画『ドン・ジョヴァンニ(Juan)』

映画『ドン・ジョヴァンニ(Juan)』

 カスパー・ホルテンの映画監督デビュー作となったのが、モーツァルトのオペラを用いた映画『ドン・ジョヴァンニ(Juan)』です。全編、英語で歌われるオペラ映画ですが、現代のヨーロッパを舞台とするドラマ仕立て。ホルテンは、オペラを知らない人が観るための“ドン・ジョヴァンニ”を描こうと試みたようです。ホルテンはオペラ演出においても、いわゆる設定の”読み替え”を行いますが、その手腕が存分に活かされています。
 逆に、今回上演されるオペラでは極端な“読み替え”は行わない代わりに、プロジェクション・マッピングを用いることで、これまでのオペラには無い“見せ方”に挑みました。プロジェクション・マッピングには、ロンドン五輪閉会式の映像コンテンツのクリエイティヴ・ディレクターを務めたルーク・ホールズを起用しています。

■英国ロイヤル・オペラ2015年来日公演《ドン・ジョヴァンニ》