【特別寄稿】アンドレア・バッティストーニ
〜9月定期 歌劇『フランチェスカ・ダ・リミニ』によせて

 20世紀イタリアでプッチーニの後継と目され、確かな才能を発揮しながら歴史の渦に飲み込まれた不遇の作曲家リッカルド・ザンドナーイ。2017年『ジュリエッタとロメオ』、2019年『白雪姫』など彼の作品に光をあてることに情熱を注いできたバッティストーニが、今年9月定期では歌劇『フランチェスカ・ダ・リミニ』の演奏会形式上演を実現します。



「プッチーニの後継」と目された作曲家、ザンドナーイ

 リッカルド・ザンドナーイは、20世紀のイタリア・オペラ界の展望において、ヴェルディの後に続く作曲家たちの ―プッチーニのみを除いた― 大部分の人々と同じ運命をたどった。オペラ一作のみで記憶され、その作品は何十年かの間はレパートリーに残り録音もされたが、一部の評論家たちからも国際的な聴衆からも忘れられ、最近になってやっと、たくさんの留保をつけられながらも再評価されているのである。

 この境遇は、ジョルダーノの『アンドレア・シェニエ』、チレーアの『アドリアーナ・ルクヴルール』などに共通しているし、彼らほどではないにしろ、『カヴァレリア・ルスティカーナ』と『道化師』にも言えることだ。

 今日において、ザンドナーイの『フランチェスカ・ダ・リミニ』は、いま言及したいくつかの演目よりもさらに知られていないが、かつてはそれらと同じように大勢の聴衆に広く知られていた。ところがその後長い間、残酷な忘却の彼方に沈んでしまっていたのだ。だが若い頃のザンドナーイはティート・リコルディ(訳注:音楽出版社リコルディの社主)から、もっとも有力なプッチーニの後継者とみなされていたのである。トスカーナの巨匠(訳注:プッチーニ)と共通していたのは、完璧なテクニック、劇場的なセンスの天分に大変恵まれていたこと、オーケストラの音色についての深い知識があったこと、そして他国の作曲家たちの創造に好奇心を持ち、常にそれらをモデルにしていたことだ。彼のオペラの初期の作『コンキータ』(彼の前にはプッチーニもこの台本のオペラ化を検討していた)は大成功だった。そして『フランチェスカ・ダ・リミニ』は彼が同世代のイタリア人作曲家の頂点にあることを確かなものにした。その後に続く彼の作品も全て好評を得ていた。堂々たる大作『ジュリエッタとロメオ』は、彼自身の指揮によりアレーナ・ディ・ヴェローナ野外音楽祭で上演されたが、この円形劇場での上演に選ばれるのは大衆的に非常に人気のある作品のみだ。では一体なぜ、ザンドナーイの作品群は忘却の淵に沈んでしまい、そして少しずつとはいえやっと今になって、『フランチェスカ・ダ・リミニ』は一流の歌劇場に再び取り上げられるようになったのだろうか?(スカラ座もメトロポリタン歌劇場も最近このオペラを上演した)

2017-18シーズン開幕定期ではザンドナーイの歌劇『ジュリエッタとロメオ』から舞曲を取り上げました


激動の20世紀イタリアで歴史に翻弄された芸術家たち

 その理由はいくつもあるが、真実に近いのはおそらく、第二次世界大戦後のイタリアにおいて、政治的に許すことができない立場にあったというレッテルを貼られた、ということだろう(ザンドナーイはファシズムの時代にペーザロ音楽院の院長であり、確かに体制に正式に抗議したことはなかった。しかし彼はマスカーニの自己顕示からは程遠く、はっきりとファシスト党員だった他の同僚たちの状況にもかなり批判的であったのだ)。それに加え、“ヴェリズモ主義者”のレッテルは、ザンドナーイにはほとんどまったく当てはまらなかったにもかかわらず、これもまたやっかいな代物だった。当時は、改革、前衛、そして実験的であることが合言葉のように必要な歴史的時期だったのである。イタリアの20世紀は、オペラ的な語法への反動があり、ザンドナーイに生年は近い1880年代頃に生まれた作曲家たち(レスピーギや他のイタリアの新交響楽主義提唱者ら)、そしてそれに続いた新ウィーン楽派と20世紀後半のセリー音楽の信奉者たちが彼と対立した。ザンドナーイのようなロマンティックで退廃的な趣味のあるスタイルは、キッチュな評論家が、下品で、反動主義的で、時代に逆行しているといって攻撃するのに最適の標的であったのだ(『フランチェスカ・ダ・リミニ』は1914年に初演されているが、その一年後にはストラヴィンスキーの『春の祭典』が誕生している……これより明確な対比を想像するのは難しいだろう!)。

 要するに彼の作品の雰囲気は、常に神秘的な過去と伝説の合間に漂う物語であり、二つの大戦による幻滅と、際限のない残虐行為を知ってしまった時代には調和しないと感じられたのだ。それは、もはやブルジョワの幻想を糧とする時代ではなく、物語的で、イメージの喚起、実験、もしくは強烈な反抗などのためにある劇場を放棄して、責任を負った自覚的な芸術のメスにより、社会のエゴに精神分析的に深く切り込む時代だった。

2018年11月定期演奏会 オペラ演奏会形式ボーイト『メフィストーフェレ』より


誘惑的で強い意志を秘めたヒロイン、フランチェスカの物語

 今日においては、展望は大きく変わってきたように思える。『フランチェスカ・ダ・リミニ』は、プッチーニの後に続くイタリアのオペラ作曲家たちを発見したい人にとって理想的な出発点となっている。事実このオペラは、イタリアの叙情的な悲劇の、情熱的で荒々しいメロディーとドラマツルギー(作劇)の魅力を表現しているが、イタリアの文学オペラの大変洗練された初期の一つの例でもあり、ガブリエーレ・ダンヌンツィオの同名の悲劇的戯曲からのほとんどカットなしの台本は、当時文化的に他に類を見ないほどの深みを持っている。

 そして総譜は、想像上の中世の音楽のサウンドを呼び覚ますいくつかの意図において成功している。それは、象徴主義と文学的な唯美主義に浸り切った作曲家にのみ可能なものであり、ヴェリズモの型にはまった声楽様式から始めて、それを大変洗練された個人的な読み直しと、マスカーニ風の“叫び”の青ざめた模倣に陥らない演劇的な意味を発展させること、そしてシュトラウスとドビュッシーのハーモニーから最大限の効果を汲み上げながら、外国崇拝に陥らず表現のパレットを拡大し魅惑的な結果を導くことである。

 歴史はこのオペラとその作者に、ティート・リコルディが胸に希望を秘めていたような栄光はもたらさなかった。偉大なるイタリアのメロドラマ(音楽劇)の最後の幕を飾ったのは『トゥーランドット』であり、それは『フランチェスカ・ダ・リミニ』初演のほんの12年後の、ザンドナーイがまさに円熟期の夜明けを迎えた時期に起こった。だが、本当に魅力的なこのオペラは、今日において再び私たちの手を取り、その独特な世界に導こうとしている。誘惑的で強い意志を秘めたヒロイン、ほとんどイタリアのイゾルデのような彼女が、愛のために死ぬ悲劇のヒロインたちに共通する感動的な偉大さで姿を現し、うっとりするような官能的な音楽の中に溶けこんで、過去と今日のプリマドンナたちに、新しい、抵抗することができない魅力を示す場を与えているのである。
(翻訳:井内美香)



2020年9月定期演奏会

第942回 サントリー定期シリーズ
2020.9/25(金)19:00 サントリーホール
第943回 オーチャード定期演奏会
2020.9/27(日)15:00 Bunkamura オーチャードホール
第136回 東京オペラシティ定期シリーズ
2020.9/29(火)19:00 東京オペラシティ コンサートホール

ザンドナーイ:歌劇《フランチェスカ・ダ・リミニ》(全4幕)
※公演時間は約3時間を予定しております。

指揮:アンドレア・バッティストーニ

フランチェスカ:マリア・テレーザ・レーヴァ
パオロ:ルチアーノ・ガンチ
ジョヴァンニ:フランコ・ヴァッサッロ
合唱:新国立劇場合唱団 ほか

1回券発売日
 最優先発売(賛助会員・定期会員):7/4(土)
 優先発売(東京フィルフレンズ会員):7/11(土)
 一般:7/20(月)

問:東京フィルチケットサービス
TEL:03-5353-9522(10時~18時/土日祝休/チケット発売日の土曜のみ10時~16時)
URL:https://www.tpo.or.jp(24時間受付・座席選択可)