超ドラマティックな演奏の『カルメン』に期待
文:東条碩夫
チョン・ミョンフンが、ビゼーの名作オペラ『カルメン』を指揮してくれる。
彼と東京フィルは、これまでにもモーツァルトの『イドメネオ』、ベートーヴェンの『フィデリオ』、ヴェルディの『椿姫』、プッチーニの『蝶々夫人』、ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』など、数多くのオペラを演奏会形式で取り上げて来たが、いずれも速めのテンポ、たたみかけるような推進力、強い劇的緊張感などに富む演奏が見事だった。今度の『カルメン』でも、きっと切れのいい演奏が聴けるだろう。
聴きどころ満載の『カルメン』
『カルメン』ほど、よく知られたナンバーが揃っているオペラも稀であろう。演奏会でも単独で取り上げられる前奏曲や間奏曲をはじめ、自由に生きるカルメンのシンボル曲のような「ハバネラ」(第1幕)や、闘牛士エスカミーリョが大見得を切る「闘牛士の歌」(第2幕)などは、まず知らない人はいない名曲だ。その他にも、カルメンがホセを誘惑する歌「セギディリャ」(第1幕)や、酒場で盛り上がる「ジプシーの踊り」、ホセが口ずさむ「アルカラの竜騎兵」と、彼がカルメンに思いのたけを語る「花の歌」(以上第2幕)、ホセを愛する純情な少女ミカエラが寂しい山中で歌うアリア(第3幕)など、聴きどころが山ほどある。
その上このオペラは、第3幕第1場から第2場にかけて、物語が悲劇性を帯びて行くのに伴い、音楽がいっそうドラマティックな緊迫感を増して行くという特徴がある。第1場後半の、ホセと、カルメンに会うため山中にやって来たエスカミーリョとの決闘シーンから、ホセが嫉妬に燃えてカルメンに迫る幕切れ場面まで、さらに第2場では闘牛場前での華やかな行進曲と群衆の合唱から、ホセとカルメンの最後の対決シーンまで—といったように、華やかな場面と凄絶な場面とが交錯して迫力を生む。
筆者が今回、最も楽しみにしているのは、もちろんオペラの前半での華やかな場面もいいけれども、この後半の緊迫した場面の音楽を、マエストロが持ち前の劇的な構築力をもって、どのように盛り上げていってくれるかということである。特に全曲の大詰、ホセとカルメンの感情が激して行くに従い、オーケストラも緊迫の度を増し、悪魔的な「運命の動機」がいよいよ頻繁に繰り返され、それを煽るように闘牛場の中から群衆の歓呼が響いて来るというシーンの音楽など、まさにマエストロの聴かせどころではなかろうか。音楽に全神経を集中することのできる演奏会形式上演であればこそ、そこでは音楽の凄まじさを存分に味わうことができるというものだ。
アルコア版による演奏の面白さ
今回の上演では、楽譜に「アルコア版」が使用されると発表されているのも楽しみだ。詳細は省くが、これは昔よく演奏されていた「ギロー版」と異なり、ビゼーのオリジナルによるセリフと音楽による形に戻されているのが特徴の一つである。
このセリフ入り版では、例えば第1幕でホセが上官スニガに、自分が故郷で決闘沙汰を起し、そこにいられなくなった経緯を渋々打ち明ける場面なども復元されている。したがってホセのイメージも、このシーンの入っていないギロー版で感じられるような「純朴な坊ちゃん育ち」ではなく、実は過去に暗い影のある、逆上しやすい性格の男であることが浮き彫りになり、それがのちの物語展開への伏線となることが理解できるだろう。
またホセとエスカミーリョの決闘シーンなども、ギロー版ではホセの方が強いように描かれていたが、アルコア版ではその場面はもっと長く、しかもエスカミーリョの方がホセよりもずっと強いことになっている。したがって、最後に足を滑らせたところを一同に引き分けられたエスカミーリョが「今日のところは互角だな」と歌う歌詞にも矛盾はなくなる、というわけである。
ただし今回、アルコア版にあるセリフがどのくらい生かされるかは、マエストロ自身がいま検討中とのこと。これは、聴いてのお楽しみということになるだろう。
東条碩夫(とうじょう・ひろお/音楽評論家)
エフエム東京でクラシック音楽番組の制作全般に携わり、 1975年文化庁芸術祭大賞受賞番組制作。著書・共著に「朝比奈隆ベートーヴェンの交響曲を語る」(音楽之友社)、「伝説のクラシック・ライヴ」(東京FM出版)他。「モーストリー・クラシック」に「東条碩夫の音楽巡礼記」連載中。ブログ「東条碩夫のコンサート日記」を公開中。
2020年2月定期演奏会
ビゼー:歌劇《カルメン》〈オペラ演奏会形式〉
第131回 東京オペラシティ定期シリーズ
2020.2/19(水)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
第932回 サントリー定期シリーズ
2020.2/21(金)19:00 サントリーホール
第933回 オーチャード定期演奏会
2020.2/23(日)15:00 Bunkamuraオーチャードホール
指揮:チョン・ミョンフン
カルメン(メゾ・ソプラノ):マリーナ・コンパラート
ドン・ホセ(テノール):キム・アルフレード
エスカミーリョ(バリトン):チェ・ビョンヒョク
ミカエラ(ソプラノ):アンドレア・キャロル
スニガ(バス):伊藤貴之
モラレス(バリトン):青山 貴
ダンカイロ(バリトン):上江隼人
レメンダード(テノール):清水徹太郎
フラスキータ(ソプラノ):伊藤 晴
メルセデス(メゾ・ソプラノ):山下牧子
合唱:新国立劇場合唱団
児童合唱:杉並児童合唱団
SS(限定プレミアシート)¥15,000 S¥10,000 A¥8,500 B¥7,000 C¥5,500
*残席状況は東京フィルチケットサービスまでお問合せください。
問:東京フィルチケットサービス
TEL:03-5353-9522(10時~18時/土日祝休/チケット発売日の土曜のみ10時~16時)
URL:https://www.tpo.or.jp(24時間受付・座席選択可)