深い精神性をまとったチョン・ミョンフンと熱い信頼で結ばれた東京フィル
マーラー3番名演の条件はそろっている
チョン・ミョンフンが指揮する音楽は、以前であれば富んだ起伏に魅力があったが、近年はその魅力が深部に入ってきた。たとえば昨年2月、東京フィルと演奏したマーラーの交響曲第9番。さり気なく始められた演奏は、まろやかな音とともに進み、ニュアンスもテンポも穏やかに変化する。マーラーによる多層構造の音楽は、構造が浮き立つようにメリハリをつけたほうがわかりやすいかもしれない。だが、チョン・ミョンフンは、各声部は明晰ながらも大きな流れを優先し、抑制しつつ艶や厚みを表現する。すると、音楽から慈愛がにじみ出て生命が宿り、ひとつの宇宙が現出する。これを聴いた感慨は、なにものにも代えがたい。
今度は第3番である。1895年から96年にかけて作曲された、演奏時間が100分にもおよぶこの長大な交響曲には、元来、夏を表す表題がつけられていた。だが、マーラーがイメージしたのは夏だけだったのだろうか。勝手な詮索は禁物だが、作曲を始める直前、マーラーは弟を失っている。そのことが曲を書くマーラーの心中から消えたとは思えない。そんなすべてを包含したうえで、自然や宇宙に合一するような音楽を導ける指揮者はいま、チョン・ミョンフンを措いてほかにいないだろう。
第4楽章にはアルトの独唱、第5楽章には合唱も加わり、オーケストラとともに壮大に響く場面があれば、室内楽に近いほど繊細に演奏されるべきところもある。しかし、この大規模な交響曲は、断片的なメリハリよりも、全体が絶妙に調和したときにこそ活きる。それを知っているのがチョン・ミョンフンであり、彼がそれを実現できる相手は、厚い信頼関係で結ばれた東京フィルである。
もっとも、アルトを歌う歌手が演奏の質を左右する面もある。その点、中島郁子の洗練された深い声と卓越したテクニック、高い音楽性は、日本人にはほかに同水準の歌手が見当たらない。記憶に残る名演になる条件は、十分にそろっている。
文:香原斗志
*10月定期公演は、当初予定して7月定期公演の演目を移行し行う予定でしたが、入国制限措置(=入国後14日間の待機)が解除されないことから、指揮者チョン・ミョンフンのスケジュールが合わず、来日が不可能となりました。そのため、本公演アソシエイト・コンダクターのチョン・ミンが指揮を務めます。また、この指揮者変更に伴い、演奏曲目が一部変更となりました。
詳細は下記ウェブサイトでご確認ください。
https://www.tpo.or.jp/information/detail-20201005-01.php
【公演情報】
第944回 サントリー定期シリーズ
2020.10/19(月)19:00 サントリーホール
https://www.tpo.or.jp/concert/20201019-01.php
第137回 東京オペラシティ定期シリーズ
2020.10/22(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
https://www.tpo.or.jp/concert/20201022-01.php
第945回 オーチャード定期演奏会
2020.10/25(日)15:00 Bunkamura オーチャードホール
https://www.tpo.or.jp/concert/20201025-01.php
指揮:チョン・ミョンフン
アルト:中島郁子
女声合唱:新国立劇場合唱団
児童合唱:東京少年少女合唱隊
マーラー/交響曲第3番