Opera Concertante〜コンサートで聴くオペラこその楽しみ

 オペラの演奏会形式上演を意味するイタリア語、Concertante(コンチェルタンテ)は日本でもドイツでも、そのまま使うことが多い。本格的な演出や衣装、大がかりな装置を伴わず、オーケストラや合唱団も独唱者と同じ舞台で演奏する。ひと口にコンチェルタンテといっても、簡単な装置あるいは最近はやりの3D(立体)映像で背景をつくったり、衣装をつけたり、簡単な身体表現(アルテシェニカ)を伴ったり……と、かなりの変化がある。歌手が譜面台を立てる場合、暗譜の場合ともある。「これがコンチェルタンテ」といった定型はなく、主催者側の自由裁量の余地が大きい。一方、上演機会が非常にまれで、舞台制作にお金をかけても大量の集客が見込めない作品を1〜2回だけ、コンチェルタンテに磨き上げて上演するケースは、聴衆にとってのありがたみもある。

 では聴く側にとって、最大のメリットは何か? よく耳にするのは「演出家の横暴に振り回されず、音楽に集中できる」という声だ。ドイツ語圏の歌劇場では音楽と演劇を高い次元で一体化させるムジークテアーター(音楽劇場)を20世紀前半から究めてきたが、既存の価値観をことごとく覆した1968年の学生運動の嵐を経て、より極端な読み替え演出が急増した。《リゴレット》のキャスト全員が「猿の惑星」になったり、《ローエングリン》が建築マニアのお姫様と異国の大工さんの物語に変わったり、とにかく奇抜なアイデアの競い合い。名作オペラであればあるほど、長年のファンには確かな視覚のイメージが備わり、極端な読み替えへの拒絶反応は強い。「ひどいビジュアルよりは、コンチェルタンテの方がよほど、精神衛生によろしい」というわけ。理解できる話ではあるが、これだけを「魅力」に挙げるのはコンチェルタンテに対しても失礼だろう。

第882回サントリー定期シリーズ(2016年7月22日(金))でのプッチーニ/歌劇《蝶々夫人》(演奏会形式・字幕付)公演より
(C)上野隆文

 より重要なのは、音楽の密度と解像度を上げられる利点といえる。筆者には、今は亡き巨匠、ゲオルク・ショルティがミラノ・スカラ座で演出付きの《シモン・ボッカネグラ》を指揮(と録音)するのに先立ち、シュトゥットガルト歌劇場の管弦楽団と合唱団を率いてドイツ国内で行ったコンチェルタンテのツアーの記憶が約30年後の今も鮮明に残る。かつて強烈にマッチョなオペラ指揮で際立ったショルティが晩年に至り、ヴェルディの最も渋いオペラを極めて繊細、内面的な音運びでしみじみと再現した境地は、オペラハウスのピットから聴こえる音響だったら、あれほど鮮明に聴き取れなかったと思う。

 またプッチーニではミミ、蝶々さん、リュウなど可憐なヒロインたちに目と耳を奪われがちだが、教会音楽家の家系に育って早くに高度な作曲技法を身につけ、ドビュッシーやラヴェル、R.シュトラウスらと同時代を生きたモダニストの管弦楽は分厚く多彩だ。シェーンベルクやベルクにも通じるプッチーニのモダンな音の数々は、コンチェルタンテの舞台にオーケストラが並んだとき、最高の解像度で客席に迫ってくる。ドビュッシーの《ペレアスとメリザンド》のコンチェルタンテにも、同様の発見が無数にある。ワーグナーのコンチェルタンテも同じ理由で好まれ、日本では、もはや定番化している。

第864回オーチャード定期演奏会(2015年5月17日(日))でのプッチーニ/歌劇《トゥーランドット》(演奏会形式・字幕付)公演より
(C)上野隆文

 歌手にとっての長所もあるようだ。長くコロラトゥーラ(装飾音型を華麗に歌う)ソプラノの頂点に君臨したエディタ・グルベローヴァはインタビューの際、コンチェルタンテの魅力を語り出した。「もう何年も舞台で歌い込んできた作品から演技を取り去り、暗譜している場合でも譜面台を立てて改めて楽譜と向き合い、音楽に集中することで得る感動、手応え、発見はとてつもなく大きい」と、熱をこめて主張した。日本では残念ながら、何年も特定の役を歌いこめるほどの上演頻度がないうえ、コンチェルタンテには「レアもの」のかかる頻度が高いので、「役柄を完全に体得した」状態も欧米ほどには多くみられない。グルベローヴァが譜面台を立てるのは、「楽譜首っぴき」とは正反対の理由に基づくことを、ディーヴァ(歌の女神)の名誉のために付け加えておこう。

 とにかく、コンチェルタンテの王道は歌手と指揮者、聴衆が一体となり、オペラの表現世界を味わい尽くす醍醐味に尽きるのではないだろうか。まずは、体験してみよう!
文:池田卓夫(音楽ジャーナリスト)


【公演情報】

チョン・ミョンフン指揮 
5月定期 ベートーヴェン《フィデリオ》(演奏会形式)

第906回オーチャード定期演奏会
2018.5/6(日)15:00 Bunkamuraオーチャードホール

第907回サントリー定期シリーズ
2018.5/8(火)19:00 サントリーホール

第117回東京オペラシティ定期シリーズ
2018.5/10(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール

指揮:チョン・ミョンフン(東京フィル名誉音楽監督)
ベートーヴェン/歌劇《フィデリオ》
 (ドイツ語上演・字幕付・全2幕・演奏会形式)

フロレスタン (テノール):ペーター・ザイフェルト
レオノーレ (ソプラノ):マヌエラ・ウール
ドン・フェルナンド(バリトン):小森輝彦
ドン・ピツァロ (バス):ルカ・ピサローニ
ロッコ(バス):フランツ=ヨーゼフ・ゼーリヒ
マルツェリーネ(ソプラノ):シルヴィア・シュヴァルツ
ヤッキーノ(テノール):大槻孝志
合唱:東京オペラシンガーズ 
お話:篠井英介 他

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アンドレア・バッティストーニ指揮
11月定期 ボーイト《メフィストーフェレ》(演奏会形式)

第912回 サントリー定期シリーズ
2018.11/16(金)19:00 サントリーホール

第913回 オーチャード定期演奏会
2018.11/18(日)15:00 Bunkamuraオーチャードホール

指揮:アンドレア・バッティストーニ
ボーイト/歌劇《メフィストーフェレ》(演奏会形式)

メフィストーフェレ(バス):マルコ・スポッティ
ファウスト(テノール):ジャンルーカ・テッラノーヴァ
マルゲリータ/エレーナ(ソプラノ):マリア・テレ-ザ・レーヴァ
マルタ&パンターリス(メゾソプラノ):清水華澄
ヴァグネル&ネレーオ(テノール):与儀 巧
合唱:新国立劇場合唱団 他

◇定期会員券で購入すると1公演あたりのチケット料金が 約37% お得に。
 詳しくは2018-19シーズン定期演奏会ラインナップページ

問:東京フィルチケットサービス 03-5353-9522(平日10時〜18時)
東京フィルWebチケットサービス http://tpo.or.jp/(24 時間受付・座席選択可)

2018-19シーズンラインナップ一覧
http://tpo.or.jp/concert/2018-19season01.php