新垣有希子(ソプラノ)

■思い出深い《ジャンニ・スキッキ》

 《ジャンニ・スキッキ》はダンテの『神曲』(地獄篇 第30歌)にもとづいた遺産相続をめぐる喜劇。
 亡くなった大富豪ブオーゾ・ドナーティの遺産目当てに親戚たちが集まるが、やっとの思いで探し出した遺言書には「遺産は全て修道院に寄付する」とある。そこに策士ジャンニ・スキッキが現れる。物真似が得意のジャンニ・スキッキは死んだはずのドナーティになりすまし、公証人に遺書の作り直しを命ずる・・・。

アン・デア・ウィーン劇場公演より C)Werner Kmetitsch

 新垣にとって《ジャンニ・スキッキ》はオペラ人生のなかで思い出深い作品だという。

「まだ東京芸術大学の学生だったころ、先輩の指揮者、園田隆一郎さんからお声がけいただき《ジャンニ・スキッキ》の上演に関わらせていただいたことがあるんです。学生主催のオペラで、旧奏楽堂をお借りしてのものでした。
 まだオペラのプロダクションに関わったことがなかったので、初めての体験でしたが、それはそれはもう、楽しかったですね。そのあと、イタリアに留学したときにも初めて受けたオーディションが《ジャンニ・スキッキ》のラウレッタでした。そして今回、東京二期会でも歌えることになり感慨深いです。
 今回はデビューではないですが、何度も歌っている役でも毎回発見があるんです。それにこれまで歌いづらかったところが楽に歌えたり、見逃していたものに気づいたり。今回もデビューのつもりで新鮮な気持ちで歌います」

 11年東京二期会でのプッチーニ《トゥーランドット》リュー役では、指揮のジャンルイジ・ジェルメッティからプッチーニ歌いとして高い評価を得た。最近特に、中音域がよく鳴るようになってきたと語る。

「歌手としてのキャリアをスタートさせてからは長い間、リリコ・レッジェーロ(軽めの声質)でした。ところが、イタリアで勉強を続けていくうちに先生から『君は絶対リリコ(中音域の豊かな声質)のほうがいい』と言われたんです。
 それまでもリューを歌ったりはあったものの、パミーナなんて絶対歌わないだろうなと思っていたところ、歌ってみなさいと。歌ってみたらうまくいき、16年リヴォルノ・ゴルドーニ劇場での《魔笛》パミーナがすぐに決まりました。
 その頃からリリックを中心に歌っていたところ、《ラ・ボエーム》ミミのお話もいただき、ミミなんてとんでもない!と思っていたのですが、昨年、横浜みなとみらいホールでの公演で実現しました。いまプッチーニを歌うには自分でも最適な時期だと思っています」

■アリア〈私のお父さん〉は純粋無垢なラウレッタの心?それとも?

 ラウレッタもジェノヴィエッファ同様に、どこか周りとは馴染めない、少し浮いた人物として描かれている。

「親戚たちは遺産のことで頭がいっぱい。それこそ人間の欲の塊がドロドロとしている。そんななか、ラウレッタだけがちょっと脳天気に突然たわいもないことを口にしたりする。その瞬間、その場の空気がパッと変わるんですね。これは台本作家も天才だし、音楽もほんとうに絶妙です。
 有名なアリア〈私のお父さん〉に込められた意味を考えたとき、ほんとうに心からリヌッチョといっしょになりたい気持ちを切々と歌っているのだろうな、と思うんです。でも一方では、脳天気に見せているラウレッタも父親の一番弱いところを突いて最後には自分の思い通り(リヌッチョとの結婚)に父親に事を運ばせる。やっぱりラウレッタは策士ジャンニ・スキッキの娘なんだなと思ったりもします」

■「一筋の光」としての女性の描き方

 今回、三者三様を歌い演じ分けるという体験から、プッチーニが思い描いた女性の描き方が見えてくる。

「プッチーニはやっぱりラウレッタのことを純粋無垢な女性として描いたのだと思うんです。プッチーニのオペラで《ジャンニ・スキッキ》が唯一のハッピーエンドですよね。プッチーニのそれまでのオペラでは愛する二人のどちらか、あるいは二人ともが悉く死んでしまう。愛が成就しないんです。でも《ジャンニ・スキッキ》では成就する。
 プッチーニが最後に描きたかったのはハッピーエンドだったと思いますし、暗い物語でしかない《外套》と《修道女アンジェリカ》のなかにも、さりげなく恋人たちやジェノヴィエッファが一筋の光、希望の光として顕れる。ラウレッタの陽気さも人間臭いドラマのなかにあってほんの一瞬、ホッとさせる役割なんだろうなと思います」

《修道女アンジェリカ》の稽古より
Photo:M.Terashi/TokyoMDE

■プッチーニオペラの集大成としての三部作

 三部作はプッチーニが完全な形で遺したオペラ作品としては最後の作品となる(未完成としては《トゥーランドット》が最後)。そのためか、そこかしこにプッチーニ作品で耳慣れた有名なフレーズが走馬燈のように現れては消えゆく。いわばプッチーニオペラの集大成、オペラの宝石箱とも言うべき魅力にあふれた作品だ。そしてイタリア・オペラの先人ヴェルディに敬意を払い、プッチーニもまた喜劇で幕を閉じた、ともとれる。

「ある音楽学者が、プッチーニはこの三部作で『神曲』にならって『地獄篇』『煉獄篇』『天国篇』を描きたかったのではないかと説いています。《外套》が『地獄篇』、《修道女アンジェリカ》が『煉獄篇』、そして、《ジャンニ・スキッキ》が『天国篇』という解釈です。それまで人間のドロドロを描いてきたけれども、最後は天国。《ジャンニ・スキッキ》はちょっと非道徳的な方法でハッピーエンドに持っていくわけですが、それもまた人間。あまりにも人間的な幸せを描きたかったのかなあ、と思いますね。
 以前、《イドメネオ》に出演したときにも、親から子へ、子から孫へ、というつながりを描きたい、とミキエレットさんは仰ってましたが、今回も、《外套》《修道女アンジェリカ》それぞれが子を亡くした親の話。そして、《ジャンニ・スキッキ》では新しい恋愛が成就し、新しい生命が生まれる。ミキエレットさんは今回もそういう自然界のサイクルを描きたかったのではないかと思います。家族のつながりをとても大事にする、きわめてイタリア的な考え方です」

■新しい時代の二期会が始まる!

 東京二期会がプッチーニの三部作を上演するのは1995年以来のこととなる。当時の二期会公演の中でも力が入っていたようで、イタリアから指揮者を招聘し、また多くの配役でオーディションが実施され、三日間の公演で二つの組に分かれ、総勢60人の歌手が出演した。今回は四日間の公演を二つの組、総勢48人で臨む。つまり、複数の歌手がダブル、トリプルで役をこなすことになり、これは前回なかったことだ。また本公演では新国立劇場合唱団、藤原歌劇団合唱部が二期会合唱団とタッグを組む。
 公演監督の牧川修一は稽古開始にあたり、キャスト、スタッフを前に次のようにあいさつした。
「95年の公演は、現在の東京二期会の契機となる記念すべき公演だったと、いまでも思っています。今回は前回と違って一人で何役もこなす必要がある。周りからは、できるんだろうか?という声も聞こえてくる。でも、成功させなければならない。今回は合唱も三団体が参加する。二期会の力量も試されることになる。これをきっかけに、あるいは近い将来、オールジャパンで上演ができるかもしれない。そのきっかけとなるような公演にしたい」

稽古初日のコンセプト説明より
牧川修一(右端)
Photo:M.Terashi/TokyoMDE

 新垣は牧川の言葉をうけて「今回1人二役、三役とこなすのも新たな挑戦ですし、新しい時代の二期会のメンバーとして、総力をあげて成功に導けるようにがんばります!」と意気込む。

取材・文:寺司正彦

《デンマーク王立歌劇場とアン・デア・ウィーン劇場との提携公演》
東京二期会オペラ劇場 〈三部作〉外套/修道女アンジェリカ/ジャンニ・スキッキ

新国立劇場 オペラパレス
2018.9/6(木) 18:30 7(金) 8(土) 9(日) 14:00

スタッフ
指揮:ベルトラン・ド・ビリー
演出:ダミアーノ・ミキエレット
演出補:エレオノーラ・グラヴァニョーラ
照明:アレッサンドロ・カルレッティ

合唱指揮:冨平恭平
公演監督:牧川修一

合唱:二期会合唱団、新国立劇場合唱団、藤原歌劇団合唱部
管弦楽: 東京フィルハーモニー交響楽団

キャスト

『外套』
ミケーレ:上江隼人(9/6、9/8)今井俊輔(9/7、9/9)
ジョルジェッタ:北原瑠美(9/6、9/8)文屋小百合(9/7、9/9)
ルイージ:樋口達哉(9/6、9/8)芹澤佳通(9/7、9/9)
フルーゴラ:塩崎めぐみ(9/6、9/8)小林紗季子(9/7、9/9)
タルパ:清水那由太(9/6、9/8)北川辰彦(9/7、9/9)
ティンカ:児玉和弘(9/6、9/8)新津耕平(9/7、9/9)
恋人たち:新垣有希子(9/6、9/8)新海康仁(9/6、9/8)舟橋千尋(9/7、9/9)前川健生(9/7、9/9)
流しの唄うたい:高田正人(9/6、9/8)西岡慎介(9/7、9/9)

『修道女アンジェリカ』
アンジェリカ:北原瑠美(9/6、9/8)文屋小百合(9/7、9/9)
公爵夫人:中島郁子(9/6、9/8)与田朝子(9/7、9/9)
修道院長:塩崎めぐみ(9/6、9/8)小林紗季子(9/7、9/9)
修道女長:西館 望(9/6、9/8)石井 藍(9/7、9/9)
修練女長:谷口睦美(9/6、9/8)郷家暁子(9/7、9/9)
ジェノヴィエッファ:新垣有希子(9/6、9/8)舟橋千尋(9/7、9/9)
看護係修道女:池端 歩(9/6、9/8)福間章子(9/7、9/9)
修練女 オスミーナ:全 詠玉(9/6、9/8)高品綾野(9/7、9/9)
労働修道女Iドルチーナ:栄 千賀(9/6、9/8)高橋希絵(9/7、9/9)
托鉢係修道女I:小松崎 綾(9/6、9/8)鈴木麻里子(9/7、9/9)
托鉢係修道女II:梶田真未(9/6、9/8)小出理恵(9/7、9/9)
労働修道女II:成田伊美(9/6、9/8)中川香里(9/7、9/9)

『ジャンニ・スキッキ』
ジャンニ・スキッキ:上江隼人(9/6、9/8)今井俊輔(9/7、9/9)
ラウレッタ:新垣有希子(9/6、9/8)舟橋千尋(9/7、9/9)
ツィータ:中島郁子(9/6、9/8)与田朝子(9/7、9/9)
リヌッチョ:新海康仁(9/6、9/8)前川健生(9/7、9/9)
ゲラルド:児玉和弘(9/6、9/8)新津耕平(9/7、9/9)
ネッラ:小松崎 綾(9/6、9/8)鈴木麻里子(9/7、9/9)
ベット:大川 博(9/6、9/8)原田 圭(9/7、9/9)
シモーネ:清水那由太(9/6、9/8)北川辰彦(9/7、9/9)
マルコ:小林大祐(9/6、9/8)小林啓倫(9/7、9/9)
チェスカ:塩崎めぐみ(9/6、9/8)小林紗季子(9/7、9/9)
スピネロッチョ:倉本晋児(9/6、9/8)後藤春馬(9/7、9/9)
公証人アマンティオ:香月 健(9/6、9/8)岩田健志(9/7、9/9)
ピネッリーノ:湯澤直幹(9/6、9/8)高田智士(9/7、9/9)
グッチョ:寺西一真(9/6、9/8)岸本 大(9/7、9/9)

●入場料金(税込)
◆[9月6日(木)・8日(土)・9日(日)公演] 一般:S席 ¥17,000 A席 ¥14,000 B席 ¥11,000 C席 ¥8,000 D席 ¥5,000 学生席 ¥2,000
愛好会会員:S席 ¥16,000 A席 ¥13,000  B席 ¥10,000

◆[9月7日(金)公演]平日マチネ・スペシャル料金
一般:S席 ¥15,000 A席 ¥12,000 B席 ¥10,000 C席 ¥8,000 D席 ¥5,000 学生席 ¥2,000
愛好会会員 S席 ¥14,000 A席 ¥11,000 B席 ¥9,000

※チケットお申込みと同時に愛好会へもご入会いただけます。
※チケット購入後のお取消、日程の変更はできません。
※二期会オペラ愛好会の特典は二期会チケットセンターでチケットをご購入された場合に限り適用されます。
※学生席のご予約は二期会チケットセンター電話のみのお取扱いです。
※未就学児の入場はお断りします。

●ご予約・お問合せ
チケットスペース:03-3234-9999
二期会チケットセンター:03-3796-1831
(平日10:00〜18:00/土曜10:00〜15:00/日・祝休業)
http://www.nikikai.net/ticket/