又吉秀樹(テノール) & 山本耕平(テノール)インタビュー〜東京二期会《天国と地獄》

 東京二期会がこの11月に上演するのは、鵜山仁演出による新制作の《天国と地獄》。ギリシャ神話の「オルフェウスとエウリディケ」を下敷きにしたオッフェンバックの傑作オペレッタにオルフェ役で出演するのは、又吉秀樹と山本耕平という、今もっとも脂の乗っているふたりのテノールだ。実は、東京藝術大学の同級生でもあるふたりに、役にかける意気込みや、お互いへの思いなどを語ってもらった。

取材・文 室田尚子 写真:寺司正彦

又吉秀樹(左)と山本耕平


とにかく演じていて楽しい!それがオペレッタ


──又吉さんは、2017年11月の東京二期会オペラ劇場公演《こうもり》のアイゼンシュタインで、オペレッタに類い稀な才能を発揮されました。一方、山本さんはどちらかというと「悲劇のヒーロー」役が多くてコメディを演じるというイメージがないのですが、おふたりともオペレッタについてはどういう思いを持っていらっしゃるんでしょうか。


又吉:
オペレッタ全曲を舞台で上演したのは《こうもり》が初めてでした。僕は、もともとお笑いが大好きでよく見たりしているんですが、自分には「笑い」の才能はないと思ってました。でも、オペレッタは台本があって、演出家が物語の中心を作ってくださるので、これは才能のない自分でも楽しくできるものだな、と感じました。

山本:僕は、お笑いもあまり見ないし、自分にそういう才能を感じたことはないです。ただ、今回はテノールの役がたくさんいますし、周りを見ると(と、又吉さんを見ながら)色々やりそうな人がいるので、そういう中で自分の役割を見つけていこうと思っています。

又吉:共演者ということでいうと、僕らの組の「長(おさ)」はプルート役の上原正敏さんです。もう、面白いなんてもんじゃないくらい面白いです。とにかく、歌とセリフとの間にまったく継ぎ目を感じなくて、すごいセンスと技術をお持ちなんですよ。

山本:上原さんは、落語がお好きなんだそうです。今回は歌唱もセリフも日本語で、上原さんはセリフの行間を読むのがすごく上手い。

又吉:稽古中にもずっと面白いことを言っていて、僕らずっと笑ってます。歌とセリフと休憩時間が全部繋がってるので、通称「シームレスな男」(笑)。

山本:僕の組ではプルートを渡邉公威さん、その兄のジュピターを三戸大久さんが演じられるんですが、2人とも体格がいいので、「どうする?」とか話し合ってるだけでおかしい(笑)。鵜山さんが作っている、オペレッタならではの気の抜けた感じがよく出ていて、これは勉強になるなと思っています。


大学入試の日以来の仲


──おふたりは東京藝大で同級生だったと伺いました。


又吉:
実は入学試験の日に出会ってるんです。控え室で赤っぽいシャツにベストを着た男が椅子にこうやって(と、背もたれに腕をかけてみせて)気取って座ってて、「イケ好かないヤツがいるな」と思ってチラチラ見てたら、ゲームの話をしてるんです。

山本:友だちに借りたゲームで早くクリアしなきゃと思って。そしたら変なヤツがいきなり「何のゲームをされているんですか?」って声かけてきて、それが又吉でした(笑)。それで入学したら「またよし」「やまもと」で、出席番号が続いてるんですよ。だから試験の時はいつも彼の歌を聴く羽目になる。僕ら、ふたりとも最初はバリトンだったんですが、3年の前期に僕はテノールに転向して。そしたら後期には又吉もテノールに変わってきて、また一緒か、と。

又吉:大学院時代も彼と僕はずっと同じ曲、同じ役を練習していて、2年生の時の大学院オペラでモーツァルト《イドメネオ》をダブルキャストで歌いました。常に比べられるので、学生時代は彼のことは大嫌いでした。

山本:僕は今も嫌いです(笑)

又吉:おいっ!(笑)


永遠のライバル? 良き理解者?


──二期会入会も山本さんが2009年、又吉さんが2010年と続いています。


又吉:
学生時代、部屋に日伊コンコルソのポスターを貼っていて、「いつか優勝するぞ」と闘志を燃やしていたんです。そうしたら大学院2年の時に耕平が優勝したと聞いて、もう悔しくて悔しくて…ポスターをビリビリに破りました。

山本:彼はその後すぐにイタリア声楽コンクールで優勝してるんです。二期会に入ってからは、2014年に《イドメネオ》のタイトルロールを又吉が歌って、僕はオーディションに落ちた。そんなふうにコンクールをとったり、舞台に出ることを重ねていくうちに、言葉には出しませんが、お互いに「テノールとして歌っていくこと」の意味を感じるようになっていったと思います。

又吉:2015年から耕平は2年間マントヴァに勉強をしに行くんですが、その間、演奏会にまったく出なかった。こんな自尊心の強い男なのに、と思った時に、彼のすごさを実感しました。それ以来「あいつ嫌い」っていうのはネタになってます(笑)。



──プロとしてやっていくことの喜びも苦しみも分かり合えているそんなおふたりが、今回の《天国と地獄》では同じ役を演じる。意識し合うことはないのでしょうか。

山本:同じ役で競っていると思えないくらい、この作品における彼と僕との領分は違います。以前は「テノールでいい声で歌わなきゃいけない」というところで競っていた。でも、今はお互いに「違う」ところを楽しめるようになってきていると思います。

又吉:耕平はあんな風にやるのか、って気になることもあるかもしれませんが、そんな時にまたケンカになるのか、それともちょっと大人になってうまく消化して楽しめるのか。そんなふうに考えること自体が楽しいです。


──最後に、公演への意気込みを聞かせてください。

山本:全体の中における自分、全体の中における役をすごく意識しています。どうしたら物語全体で面白くなるのか、その中で自分はどうやって生き残るのか、ということを初めて考えていて、舞台人としての大きなステップになる公演だと思ってがんばっています。

又吉:耕平と僕の組では全然ちがう舞台になると思うし、同じ組でも日にちが違えばまったく違うパフォーマンスになるかもしれません。できたら4日全部観にきていただけると、より楽しいと思います!

 

【Profile】
又吉秀樹(Hideki Matayoshi)

東京都出身。東京藝術大学卒業、同大学院首席修了(アカンサス賞、同声会賞、武藤舞賞)。文化庁新進芸術家海外研修員、ローム ミュージック ファンデーション奨学生。第40回イタリア声楽コンコルソ優勝及びミラノ大賞、トスティ歌曲国際コンクールアジア予選第2位、読売新聞社賞(イタリア本選第3位)。渡伊中はスポレート歌劇場特別研修員を務めた。東京二期会では2014年《イドメネオ》題名役でデビューし、その後17年《こうもり》アイゼンシュタインを演じる。二期会会員


山本耕平(Kohei Yamamoto)

鳥取県出身。東京学芸大学教育学部音楽科クラリネット専修を経て東京藝術大学音楽学部声楽科首席卒業、同大学院首席修了。ミラノ・ヴェルディ音楽院修了。第39回イタリア声楽コンコルソ・ミラノ大賞、第45回日伊声楽コンコルソ第1位他受賞多数。五島記念文化賞オペラ新人賞、ならびに文化庁新進芸術家海外研修制度によりマントヴァにて研鑽。東京二期会では《ドン・カルロ》題名役にて初主演。その後《リゴレット》マントヴァ公爵、《後宮からの逃走》ベルモンテ、《金閣寺》柏木を務めた。二期会会員

左上:又吉さんがされた決めポーズを冷ややかに見る山本さん 右上:山本さんの目線に気づき、顔を見合わせるお二人
右下:山本さんが又吉さんの決めポーズをマネして一枚 左下:又吉さんが再度ポーズをとり、山本さん爆笑

【Information】
ジャック・オッフェンバック生誕200年記念
東京二期会オペラ劇場《天国と地獄》(新制作)
(全2幕・日本語訳詞上演・歌唱部分のみ日本語字幕付き)

2019.11/21(木)18:30、11/22(金)14:00、11/23(土・祝)14:00、11/24(日)14:00 日生劇場

指揮: 大植英次
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

演出: 鵜山 仁
装置: 乘峯雅寛
衣裳: 原 まさみ
照明: 古宮俊昭
振付: 新海絵理子

配役
プルート:上原正敏(11/21,11/23) 渡邉公威(11/22,11/24)
ジュピター:大川 博(11/21,11/23) 三戸大久(11/22,11/24)
オルフェ:又吉秀樹(11/21,11/23) 山本耕平(11/22,11/24)
ジョン・スティクス:吉田 連(11/21,11/23) 相山潤平(11/22,11/24)
マーキュリー:升島唯博(11/21,11/23) 児玉和弘(11/22,11/24)
バッカス:峰 茂樹(11/21,11/23) 志村文彦(11/22,11/24)
マルス:野村光洋(11/21,11/23) 的場正剛(11/22,11/24)
ユリディス:愛もも胡(11/21,11/23) 高橋 維(11/22,11/24)
ダイアナ:小村朋代(11/21,11/23) 廣森 彩(11/22,11/24)
世論:押見朋子(11/21,11/23) 塩崎めぐみ(11/22,11/24)
ヴィーナス:山本美樹(11/21,11/23) 中野瑠璃子(11/22,11/24)
キューピッド:吉田桃子(11/21,11/23) 熊田アルベルト彩乃(11/22,11/24)
ジュノー:醍醐園佳(11/21,11/23) 三本久美子(11/22,11/24)
ミネルヴァ:髙品綾野(11/21,11/23) 吉田愼知子(11/22,11/24)
合唱:二期会合唱団

http://www.nikikai.net/lineup/orphee2019/