ヴィンチェンツォ・ベッリーニの甘美で表情豊かな旋律に抵抗できる人など、およそ想像がつかない。一つひとつのフレーズが長く、そこに憂愁が漂い、磨き抜かれた美を湛えながらドラマが構成される彼のオペラには、ショパンをはじめ多くの作曲家が強い影響を受け、ワーグナーでさえ屈したのだ。
1835年9月、わずか34歳で病没してしまったベッリーニだが、不幸中の幸いというべきか、彼の創作力は最後まで高まり、その頂点で最高峰のオペラを書き遺した。死の年の1月、パリのイタリア劇場で初演された《清教徒》である。
17世紀半ばのイングランドにおける、王党派と議会党派(清教徒)との争いを舞台にしたこの作品は、以前にくらべ管弦楽の扱いが巧みになり、和声が豊かになったという面もある。しかし、それ以上に特筆すべきは、初演当時パリで歌っていた稀代の名歌手、グリージ(ソプラノ)、ルビーニ(テノール)、タンブリーニ(バリトン)、ラブラーシュ(バス)の4人が前提であればこその、全編に満ちあふれる磨き上げられた旋律美だろう。
ただし、それはそのまま、全編が難曲続きであることを意味する。だから、おいそれとは上演できないのだが、ベッリーニの狙いどおりに演奏された暁には、聴き手をくまなくひれ伏させるほどの、水戸黄門の印籠さながらの音楽美を備えている。
たとえば、第2部でエルヴィーラが、花婿のアルトゥーロの逃亡を嘆いて歌う狂乱のアリア「あの人のやさしい声が」は、究極の想像力をもって書かれたのだろう。華麗なフィオリトゥーラに彩られ、言葉が出ないほど美しい。
またアルトゥーロには、異常なほどの高音が続けざまに要求される。第1部の「いとしい人よ」で3点Cisが、第3部のエルヴィーラとの二重唱「おいで、私の腕のなかに」には3点Dが、同じ部のフィナーレの四重唱には、なんと3点Fが書かれているのだ。しかし、これらの音が決まったときに受ける感銘はひとしおである。ちなみに上記の「いとしい人よ」も、エルヴィーラの3度上を歌う二重唱も、メロディの美しさは特筆もので、それは第1部のリッカルドの「永遠に君を失った」や、第2部のジョルジョの「解けた髪に花を飾り」にも通じる。
むろん、いまこうして《清教徒》が上演されるのは、上記の困難は乗り越えられると判断されたからである。エルヴィーラは、ベッリーニの生地、シチリア島のカターニアでもこの役を歌っている幸田浩子。アルトゥーロは至難のFを胸声で出せる大澤一彰。リッカルドはウィーン国立歌劇場のソリストとして活躍した甲斐栄次郎。ジョルジョには美声のバス、ジョン・ハオ。そして脇役のエンリケッタにも、スペインやイタリアで活躍する期待の加藤のぞみ――。贅沢なキャストで、ベッリーニの白鳥の歌のポテンシャルが解き放たれようとしている。
文:香原斗志
【Information】
二期会シーズン・オープニング・コンサート
ベッリーニ《清教徒》(演奏会形式)
2019.9/1(日)14:30 横浜みなとみらいホール
配役
エルヴィーラ:幸田浩子
アルトゥーロ:大澤一彰
リッカルド:甲斐栄次郎
ジョルジォ:ジョン ハオ
ヴァルトン:峰 茂樹
エンリケッタ:加藤のぞみ
ブルーノ:伊藤達人
合唱:二期会合唱団
管弦楽:神奈川フィルハーモニー管弦楽団
指揮:森内 剛
問:二期会チケットセンター03-3796-1831
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