注目の若手オペラ指揮者・森内 剛が横浜デビュー〜東京二期会《清教徒》

 東京二期会が9月1日に横浜みなとみらいホールで開催する〈二期会シーズン・オープニング・コンサート〉 ベッリーニ《清教徒》(演奏会形式)。指揮をするのは、現在フランクフルト歌劇場で活躍中の指揮者、森内剛だ。

 東京二期会との良好な関係が続いている。リンツ州立劇場のカペルマイスターを務めていた森内は、2015年リンツと二期会との共同制作公演《魔笛》(演出:宮本亜門)で指揮デニス・ラッセル・デイヴィスのアシスタントとして二期会のプロダクションに初参加。翌年、《フィガロの結婚》富山公演(富山オーバードホール)を指揮し、これが日本でのオペラ指揮デビューとなった。

 17年の同《ばらの騎士》でも、セバスティアン・ヴァイグレのアシスタントを務めた。これを契機に森内は、ヴァイグレが総監督を務めるフランクフルト歌劇場の「シュトゥーディエンライター」に就任し、今や、欧州トップの劇場で音楽上の重責を担う存在だ。

 リンツ州立劇場時代には250公演を指揮し、今年フランクフルト歌劇場でもデビューを果たした森内。ヨーロッパの劇場文化を体現する注目の若手指揮者に話を聞いた。

Photo:Artist Sakher Almonem

ーーフランクフルト歌劇場に入られるきっかけとなったエピソードを教えてください。

もともと自分がオーストリア・リンツ州立劇場に務めていたときに《魔笛》の公演で二期会との関係ができました。それがきっかけとなって、2017年《ばらの騎士》でも音楽アシスタントを務めることになったのですが、そのときのリハーサルの、ちょうど休憩時間でした。指揮のセバスティアン・ヴァイグレさんが「うちのシュトゥーディエンライターとの契約がもうすぐ打ち切られるんだけど、君はどうだい?」と声をかけてくれたのがきっかけでした。ほんとうに、自然な世間話から始まったような感じでした。


ーー「シュトゥーディエンライター」というのは、日本では聞きなじみのない仕事ですが、どのようなお仕事なのでしょうか?

ぴったり合う役職というのは日本にはないかもしれないですね。
実はヨーロッパでも、劇場によって役割や権限は違ってきます。でも、共通する一番大きな仕事は、リハーサルのマネジメントです。リハーサルのプランを決めて、コレペティトゥア――こちらのほうがシュトゥーディエンライターよりはまだ日本では聴きなじみがあると思うのですが――のシェフとして、どのコレペティをどこの演目、どの歌手に充てるか、といったことを具体的に組み立てていきます。そして、各々の歌手の稽古具合をチェックしていくのです。

劇場によっては、実際にキャスティングに関わっていくことがあり、フランクフルトでも、シュトゥーディエンライターはキャスティングにアドバイスやサジェスチョンを求められます。歌手それぞれの声や特性を把握していないと、この仕事は務められません。ありがたいことに、僕はそういう点も信用してもらえて、支配人とそのマネージャーとは頻繁にキャスティングについて話し合っています。
フランクフルトにはアンサンブルの歌手が40名所属しています。複数の公演が同時進行している中で、全員の声質、得意な言語や稽古の進捗状況を個々に把握していかなくてはいけません。時には、彼らの精神的なサポートもします。

劇場によっては、実際に指揮者としての仕事があります。もちろんリハーサルのオーガナイズに責任があるので、そうたくさんは振れませんが、フランクフルトでは必要に応じて指揮をするという契約になっています。次のシーズンは、《マノン・レスコー》(2019年10月―11月)の4公演の指揮が決まっています。

そのほか、本指揮者が急病になったり、飛行機が飛ばないなどの緊急事態にも、自分のレパートリーの作品であればピットに立つことになります。
※今年5月《運命の力》公演では、公演中に倒れたガエターノ・ソリマンに代わって、急遽第4幕を指揮。これがフランクフルト指揮デビューとなった。

一言でいうと、「なんでも屋さん」ですね。劇場のあらゆることに精通していなければ務まらないポジションです。


ーー音楽総監督のヴァイグレさんとはどのような存在ですか?

ヴァイグレさんは、シェフとコーチという上下関係よりも、「同僚」としてフレンドリーに接してくれています。彼は世界中を飛び回っていますから、普段からメールや電話で、劇場での出来事を報告したりしますが、僕のことも信頼してくれていて、比較的ざっくばらんにコミュニケーションがとれています。僕だけでなく、ピアニストや歌手やそのほかのスタッフも、彼がいると安心するというか、仕事のしやすさはありますね。

(C)Kirchner

ーーリンツ州立劇場での時代を振り返られてみて。

リンツでは、9シーズンで3つのポジション(コレペティトゥア、カペルマイスター、研修所の音楽主任)を務め、250公演でピットに立ちました。ここでの9シーズンの経験があるからこそ、今のポジションがあります。僕の中では、リンツでのキャリアの延長上に、今のフランクフルトでの仕事があると思っています。

リンツには今も大切な友人がたくさんいます。フランクフルトの仕事が決まったときも、みんな喜んで祝福してくれました。劇場を去った後も、こうして友人としての関係を持ち続けられるというのは、舞台人としてほんとうにうれしいことです。


ーー今回の《清教徒》にむけて。

《清教徒》を指揮するのは初めてなのですが、偶然なことに、フランクフルト歌劇場で最初に関わった作品が《清教徒》でした。なかなか上演される機会が少ない作品だけにそれだけでも奇遇といってよいのですが、そのときの指揮者がチェッケリーニさん。そうしたら、先日のリハーサルで、エルヴィーラ役の幸田浩子さんとお話をしたときに、カターニャのベッリーニ大劇場で《清教徒》を歌われたときの指揮者もチェッケリーニさんだったそうです。これも何かご縁といってよいのでしょうね。

ベッリーニという作曲家は、人間の声の持つ可能性を極限まで追求する努力をし、そしてそれに成功した数少ない作曲家であったと思います。モーツァルトやプッチーニやシュトラウスたちの場合はおそらく人間の声の極限を「知っていて」作曲したといえると思えるのです。ですが、ベッリーニはそれを超えて、人間の声がどこまでできるか、その極限を求めて可能性を広げていったのではないかと思うのです。

《清教徒》の上演回数が日本だけでなく欧米でも少ないことの大きな理由のひとつはここにあって、これを歌える歌手が見つからないから、というのがあると思います。
そういう点では、今回のプロダクションは全員が二期会所属の歌手。客観的に見ても、これは日本のオペラ界にとって特別なことだと思います。さらにそれを自分が指揮できるというのは、ほんとうに特別な喜びです。


ーー最後にお客様にむけて。

横浜でたった1回の公演なんですね。今回を逃すと《清教徒》がライブで、このレベルのキャストで聴けるのは、何年も待たなければならないはずです。ぜひこのチャンスを逃されませんように!
(文責:公益財団法人東京二期会)

(C)Reinhard Winkler

Profile
森内 剛(Takeshi Moriuchi)

ザルツブルク・モーツァルテウム大学にて指揮をデニス・ラッセル・デイヴィスらに師事。2009年オーストリア・リンツ州立劇場のコレペティートアに就任。13年には同劇場のカペルマイスター、17年よりオペラ研修所音楽主任を歴任し、9シーズンで250公演を指揮。
16年二期会《フィガロの結婚》(富山公演)で日本デビュー。17年同《ばらの騎士》でセバスティアン・ヴァイグレのアシスタントを務めたのを契機に、18/19シーズンよりフランクフルト歌劇場のシュトゥーディエンライターに就任。同劇場の膨大なレパートリーを支えるほか、今年5月には《運命の力》公演中に急病を患ったガエターノ・ソリマン代役で第4幕を指揮してフランクフルト指揮デビュー。今秋、《マノン・レスコー》で再びフランクフルトのピットに立つ予定となっている。

Information

二期会シーズン・オープニング・コンサート
ベッリーニ:《清教徒》(演奏会形式)
2019.9/1(日)14:30 横浜みなとみらいホール

指揮:森内 剛
管弦楽:神奈川フィルハーモニー管弦楽団

エルヴィーラ:幸田浩子
アルトゥーロ:大澤一彰
リッカルド:甲斐栄次郎 ほか

問:二期会チケットセンター03-3796-1831
http://www.nikikai.net/lineup/puritani2019/