東京二期会の2020/21シーズンが9月3日、ベートーヴェンのオペラ《フィデリオ》で開幕した。本公演に先立ち9月1日に行われた土屋優子＆福井敬組のゲネプロ（最終総稽古）を取材した。
（2020.9/1 新国立劇場オペラパレス 取材・文・撮影：寺司正彦）
東京二期会としては2月の《椿姫》以来、コロナ禍での本格的オペラ初上演となる。新型コロナ感染対策のもと、当初の演出プランからの変更を最小限にくいとどめ、可能な限りの努力を重ねたうえでの本格的上演となった。
歌手は全員マスクなしで歌うが、飛沫防止のため終始ステージ前面には紗幕が降ろされる。オーケストラはピットに入るが、ピットを客席面と同じ高さまであげたうえで、客席側の仕切り壁は外すことで密にならないように対策する。客席は前から3列までを不使用とした。
稽古場レポートでも触れたように、全体の演出コンセプトは「戦後75年の人間と壁との戦い」と、そのなかから見えてくる〈希望〉を描く、というもの。
オペラはレオノーレ序曲第3番で幕を開ける。
【レオノーレ序曲第3番】
左：大沼 徹（ドン・ピツァロ） 右：土屋優子（レオノーレ）
左より：大沼 徹（ドン・ピツァロ）、土屋優子（レオノーレ）、福井 敬（フロレスタン）
アウシュヴィッツ強制収容所の門に残る「ARBEIT MACHT FREI（働けば自由になる）」（演出ではこれに（？）をつけ、そこに疑問を呈す）、が掲げられた鉄条網を前に始まり、1961年から89年に至るベルリンの壁の歴史、パレスチナのアパルトヘイト・ウォール、メキシコとアメリカ国境のいわゆる「トランプの壁」と、徐々にその高さを増していく〈壁〉の歴史と、オペラ《フィデリオ》の物語を重ねあわせる（舞台上には実寸大でそれぞれの壁が設置される）。紗幕には随時、それぞれの歴史にまつわるドキュメント映像と、ポール・ニザン、プリーモ・レーヴィ、シラー、平塚らいてう、フリッツ・バウアー、ジョージ・H・ブッシュらのテキストが引用される。レオノーレの夫フロレスタン救出の場面では、ドラクロワの『民衆を導く自由の女神』で理想の女性像とベートーヴェン時代の〈自由〉をシンボリックに描く。
これについて演出の深作健太は「《ローエングリン》ではルートヴィヒ2世の物語と時間軸を重ね合わせる試みをしましたが、わかりづらいというご意見もいただきました。テキストを多用するのは好みではありませんが、今回は戦後75年の歴史を振り返るという意味でも、説明を多くし、少しでもわかりやすくしようと心がけています」と語るが、若干説明過多になっている感は否めず、もう一工夫が必要だったか？
歌手はマスクをしない分、十分なソーシャルディスタンスを取ってお互いが向き合うことなく、あるいは、交差することなく演出。そのため本来の劇のもつ力、魅力が半減するかと思いきや、図らずも、かえって自然な人間関係をうまく描くことになったのは思わぬ〈副産物〉であった。たとえば、No.5のロッコ、レオノーレ（フィデリオ）、マルツェリーナの三重唱。本来であれば三人がフィデリオの勇気をたたえ、フィデリオとマルツェリーナの結婚を祝う父親、という場面だが、三人ともが“磁石が反発”するかのように、お互いの距離を保ったままどこまでも輪舞する。そこには、まだよそよそしいフィデリオとマルツェリーナ、ギクシャクした親子関係、などがうまく表現されることとなる。フロレスタンとレオノーレもしかり。囚人のなかに夫フロレスタンの姿を見出したレオノーレだが、現実と非現実のなかで手を差し伸べるのがやっと、というように。
さて、歌手陣ではなんと言っても福井敬のフロレスタンが光る。レオノーレ役の期待の新星、土屋優子も最後まで力強い歌唱が衰えることがない。2018年新国立劇場公演でも同役を歌った黒田博（ドン・フェルナンド）、 妻屋秀和（ロッコ）は言うまでもなく、ドン・ピツァロ役の大沼徹は、これで13年日生劇場公演でのドン・フェルナンド、18年新国立劇場での囚人2と三役を歌うこととなり、持ち前の幅広さを示した。ドイツ語オペラを得意とする冨平安希子は、《魔弾の射手》《後宮からの逃走》《金閣寺》に続く好演。
【第1幕】
冨平安希子（マルツェリーネ）
左より：土屋優子（レオノーレ）、冨平安希子（マルツェリーネ）、妻屋秀和（ロッコ）
左より：妻屋秀和（ロッコ）、冨平安希子（マルツェリーネ）、
岸本 大（囚人2）、土屋優子（レオノーレ）、松原 友（ヤッキーノ）、森田有生（囚人1）
【第2幕】
左：黒田 博（ドン・フェルナンド）
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●開幕直前！東京二期会 オペラ《フィデリオ》稽古場レポート
【Information】
東京二期会オペラ劇場
ベートーヴェン生誕250周年記念公演
《フィデリオ》（新制作）
2020.9/3（木）18：30、9/4（金）14：00、9/5（土）14：00、9/6（日）14：00
新国立劇場オペラパレス
演出：深作健太
装置：松井るみ
衣裳：前田文子
照明：喜多村 貴
映像：栗山聡之
指揮：大植英次
管弦楽： 東京フィルハーモニー交響楽団
ドン・フェルナンド：黒田 博（9/3,9/5） 小森輝彦（9/4,9/6）
ドン・ピツァロ：大沼 徹（9/3,9/5） 友清 崇（9/4,9/6）
フロレスタン：福井 敬（9/3,9/5） 小原啓楼（9/4,9/6）
レオノーレ：土屋優子（9/3,9/5） 木下美穂子（9/4,9/6）
ロッコ：妻屋秀和（9/3,9/5） 山下浩司（9/4,9/6）
マルツェリーネ：冨平安希子（9/3,9/5） 愛 もも胡（9/4,9/6）
ヤッキーノ：松原 友（9/3,9/5） 菅野 敦（9/4,9/6）
囚人1：森田有生（全日）
囚人2：岸本 大（全日）
合唱：二期会合唱団、新国立劇場合唱団、藤原歌劇団合唱部
問：二期会チケットセンター03-3796-1831
http://www.nikikai.net/lineup/fidelio2020/index.html
