時空を超越した人類と「壁」との戦いから見えてくる〈希望〉を描く
東京二期会が9月3日から、ベートーヴェンのオペラ《フィデリオ》を上演する。つい先だって藤原歌劇団がコロナ禍での国内初オペラ公演となる《カルメン》を上演、3日間にわたる公演を成功裏に終え、今後のオペラ上演への期待が一気に高まった。東京二期会としては2月の《椿姫》以来、じつに半年ぶりの上演となるオペラの稽古場(木下美穂子組)を取材した。
(2020.8/21 都内稽古場 取材・文・写真:寺司正彦)
劇場公演については「全国公立文化施設協会による新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」が設けられているが、各団体ではそれを基にさらに独自の感染対策が施されている。東京二期会では、歌手、スタッフは全員マスクを着用し、スタッフ席とキャストの立ち位置(ステージにあたる部分)とはビニールのパーティションで区切るなど、稽古に影響しないギリギリの対策を施している。
本番では歌手はマスクをしない。ステージ最前面には、観客の視線を妨げることなく感染対策となるよう、全曲にわたって紗幕を下ろす。オーケストラはピットに入る。
コロナ禍という状況下での上演。先の藤原歌劇団《カルメン》では当初予定されていたものから感染対策に重点をおいた演出に変更した。いわばコロナ禍という状況を逆手に取った「コロナ禍の現代社会を映し出す」手法だった。では東京二期会はどうか? 演出を担当する深作健太は「昨年末までに決めていた演出コンセプトは、合唱の配置を除き、基本的に変更はありません。9割方当初の計画通りです」と語る。
《ダナエの愛》(2015年)、《ローエングリン》(2018年)に続き第3作目となる深作のオペラ。彼がオペラを演出するにあたり一貫して自問し続けるのが「いまわれわれがこの作品を上演する意味。そして現代の人々が共感できる、わかりやすい演出」だ。今年はベートーヴェン生誕250年という記念すべき年である。しかし、それ以上にベートーヴェンがこの作品に籠めた意味、つまり、〈希望〉〈平和〉〈自由〉を描くことが重要なのだと言う。それだけ重要な「普遍的な意味」が籠められていると考えるからだ。
さて、その演出コンセプト。「《フィデリオ》の物語に、1945年から2020年まで、戦後75年間の時代の流れを重ね合わせて描くことで、〈復興〉の歴史を振り返るとともに、作曲時、フランス革命とナポレオン戦争の時代の影響を色濃く受けたベートーヴェンがこのオペラに籠めた〈平和〉への祈りを、〈祝祭〉として現代に甦らせる」というものだ。前2作でも取り入れた「物語の書かれた時間軸に、別の時間軸を重ね合わせる」手法は健在だ。
《フィデリオ》の物語を一言で言うならば、政治犯として囚われている夫を妻レオノーレがフィデリオという名で男装し監獄に潜入し救い出す、というもの。しかし、現代に生きるわれわれがこの物語を観たとき、どこまで共感できるのか? そして、ベートーヴェンがそこに籠めた意味をどこまで汲み取れるのか? と考えたとき、深作は「戦後75年間」という時間軸を《フィデリオ》の物語に重ね合わせることで実現できると考えた。
本演出のモティーフとなるのはずばり「壁」だ。ベートーヴェンが《フィデリオ》を作曲した当時の観客は、フランス革命、バスティーユ牢獄と政治犯、ということで理解もできた。しかし、われわれからは遠すぎて伝わりづらい。「戦後75年間」は「壁」の歴史でもある。1989年、ベルリンの壁が崩壊し冷戦が終結した後も、戦争は繰り返され、また新たな「壁」が造られていく。そして、いまやコロナという巨大で見えない「壁」にまで世界は覆いつくされている。〈希望〉を取り戻すためにはどうしたらよいか・・・。
オペラはレオノーレ序曲第3番で幕を開ける。これについて深作は次のように語る。
「《フィデリオ》を演出したいそもそもの理由は、なんと言ってもレオノーレのアリア〈希望よ、来たれ!〉。〈希望〉〈救済〉といったものを表現したい。
アヴァンタイトルとして、序曲でフィデリオ(レオノーレ)の物語を一通り見せたかったのです。それはなぜか? 一度は銃を手に取るレオノーレ。でも、最後はそれを置いて去る。本編ではレオノーレに銃を抜かせたくなかったのです。レオノーレはあくまで〈愛〉で戦う。暴力は一切使わない。ダナエも《ローエングリン》のエルザもそうだったように」
合唱が主役と考えていたから、舞台上には終始、群衆(合唱)がいる事を想定していた。そこだけは変更せざるをえなかったというが、結末には大胆な演出を計画しているというから、本番を楽しみに待ちたい。
【稽古写真】(写真:寺司正彦)
〜序曲〜
〜第1幕〜
〜第2幕〜
【Information】
東京二期会オペラ劇場
ベートーヴェン生誕250周年記念公演
《フィデリオ》(新制作)
2020.9/3(木)18:30、9/4(金)14:00、9/5(土)14:00、9/6(日)14:00
新国立劇場オペラパレス
演出:深作健太
指揮:大植英次
管弦楽: 東京フィルハーモニー交響楽団
ドン・フェルナンド:黒田 博(9/3,9/5) 小森輝彦(9/4,9/6)
ドン・ピツァロ:大沼 徹(9/3,9/5) 友清 崇(9/4,9/6)
フロレスタン:福井 敬(9/3,9/5) 小原啓楼(9/4,9/6)
レオノーレ:土屋優子(9/3,9/5) 木下美穂子(9/4,9/6)
ロッコ:妻屋秀和(9/3,9/5) 山下浩司(9/4,9/6)
マルツェリーネ:冨平安希子(9/3,9/5) 愛 もも胡(9/4,9/6)
ヤッキーノ:松原 友(9/3,9/5) 菅野 敦(9/4,9/6)
囚人1:森田有生(全日)
囚人2:岸本 大(全日)
合唱:二期会合唱団、新国立劇場合唱団、藤原歌劇団合唱部
問:二期会チケットセンター03-3796-1831
http://www.nikikai.net/lineup/fidelio2020/index.html