愛の危機
このカップルには、できれば思い出したくない過去のいきさつがある。マレッリいわく、「ダニロはハンナを財産と身分の違いを理由に置き去りにしました。小貴族ダニロは、農家の娘との結婚を頑として禁じた伯父に屈服しました。その結果としてハンナは自立し、ポンテヴェドロの宮廷出入りの富豪の銀行家と結婚します。かれはしばしば“もうろくした老人”と見なされていますが、わたしは彼を非常に賢明な人だと思います。年のいった紳士は、若く美しい女性ともう一度愛の喜びを享受したかったのです。おそらくかれは妻の腕の中で息絶えたのでしょう‐これはこれで非常に賢明で美しいことではありませんか!」
しかし老銀行家の賢明さは、自身の寿命が尽きても効力を及ぼす。「かれは、ハンナが再婚した際には、全財産を失い、それが彼女の新しい夫に渡る、という遺言を書きました」
演出家マレッリの分析は、「つまり銀行家はこのことにより、まさに恋愛結婚を強要しています。賢いハンナにとって、自分が勝ち得た自立を捧げる男は、誰でも良いはずはなく、“生涯の男”だけのはずなのです。さて、“まさにその人”と彼女は出会っていました。ダニロでした。ここで“でした”と過去形にしたのは、彼がすでに一度ハンナを棒に振っていたからです。生涯の愛を家族への配慮のために犠牲にしました。このことで二人はきわめて深く傷つきました」
離れていた月日は、二人の間の溝をますます深めていた。「二人とも非常に感情的で情熱的な性格なために、別離がどれほど激しいものであったに違いないか、想像できます。その結果二人とも深い傷を負いました。ハンナは非常に裕福な相手と結婚して自立して自由を得ます。ダニロは騎兵少尉としての任務を退役したのみならず、家族の束縛から逃れるため、ある種の自立を見出すために故郷を去りました。彼はハンナに対して悪い態度をとったことをわかっていて、大勢の、どちらかというと安っぽい娘たちに気を紛らわせていました。
ダニロが歌うあんなに朗らかな響きの登場の歌は、本当は内面の深い絶望感を表したものです。彼は公使館での今の生活の不幸せさ、そしてその中で意義を見つけられないでいることをほとんど自虐的に歌います。地主貴族として(ツェータは“田舎貴族”と見下した表現さえしている)、そして以前の騎兵であった、人生の実用的で感覚的な面に慣れ親しんできた“地方の一本気な男”は、デスクワークにはまったく向いていないのです。だからこの公使館での仕事は、彼がなんとか実現できそうな、意味のある任務とは、およそかけ離れたものだったのです。わたしは、いかにみじめで空虚な生活を送っているか、彼自身が良くわかっているのだと思います。しかし彼の多大な誇りと見栄が敢えてそれを認めることを妨げます。彼はいわば自分自身から逃避していて、絶えず気を晴らし、楽しむことによって、自分の非生産的存在に夜な夜なアルコールとセックスによって、少しばかりの輝きと偽りの中味を与えようと努めています。かれは、故郷ポンテヴェドロのその婦人を忘れるために毎夜、長夜の宴を張っているのです。
一言で言えば:ダニロは落ちぶれて、ハンナは昇り詰めた。このような状況で二人は再会したのです」
その間に未亡人となったハンナは、「気晴らしのためだけではなく、ダニロとの愛にまだチャンスがあるかどうか確かめるために」パリにやって来る。
[次回に続く]
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