唇は黙っていても
フォルクスオーパー交響楽団ジルヴェスター&ニューイヤー・コンサートから、音楽評論家の堀内修さんが、このオーケストラの魅力を紹介してくれました。
『唇は黙っていても』
唇は黙っていても、ヴァイオリンが囁く。
わっ、本当だ、ヴァイオリンが囁いているぞ!とゾクゾクすることがある。いつも決まって起こるわけではない。でも大晦日の夜から元旦の朝にかけての『メリー・ウィドウ』では起こった。
恒例になっているサントリーホールの、フォルクスオーパー交響楽団・シルヴェスターコンサートだ。驚いたのはハンナとダニロがあの二重唱を歌い出すずっと前、『メリー・ウィドウ』が始まってすぐだったからだ。
まだハンナは登場しない。ダニロも。ポンテヴェドロ公使館に集まった人々が、前に出てくる。コンサート形式なので、オーケストラの前に居並んで、にぎやかに歌う。とてもにぎやかに歌うから、後ろにいるオーケストラの響きは、ほとんど聴こえなくなる。その時だった。耳を澄ませば聴こえてくる管弦楽が甘く囁いているのに気づいたのは。
公園の木々の奥にある舞踏会場から流れてくるような、外套を預けている時に隣の広間から聴こえてくるような響きだ。その響きは伴奏ではなく誘惑、というよりやっぱり囁きと呼ぶのがふさわしい。
「唇は黙っていても」の二重唱は、惜しいことに前置きなしで、歌から入ってしまったから、囁きだけを存分に味わうわけにはいかなかったけれど、アンネッテ・ダッシュとダニエル・シュムッツハルトのこまやかな歌にまといつく管弦楽の艶っぽさは愉しめた。
フォルクスオーパーのオーケストラは、ベートーヴェンの交響曲や、もちろんブルックナーやマーラーの交響曲で、世界の一流に並ぶオーケストラではない。演説が上手な大交響楽団ではないのだ。なるほど楽器はウィーン・フィルに準じているし、団員は国家公務員だ。でも、完璧な技術と演奏能力を誇るオーケストラとして賛美されているわけではない。フォルクスオーパーのオーケストラへの賛美は、小声で、ひそやかになされることになる。抜きんでているのが、囁きや、もっと遠慮なく言えば、音楽の愛撫なのだから。
サントリーホールの「ニューイヤー・コンサート2016」では、フォルクスオーパーのオーケストラがいくつものワルツやギャロップを演奏した。本領発揮というところ。でも、やっぱりオペレッタの歌に引きつけられてしまう。レハールの『ジュディッタ』からの「私の唇は熱いキスをする」など、ダッシュの歌も艶やかだったけれど、管弦楽も愛撫をくり返した。
フォルクスオーパーのオーケストラは唇以上に、囁く。
(堀内 修・音楽評論家)
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