“東京のオペラの森”から“東京・春・音楽祭”へ – 9年間の軌跡を振り返る

2012年
進化・拡大するシリーズ公演

ぶらあぼ 2012年は、ワーグナー・シリーズが《タンホイザー》で、ストラヴィンスキー・シリーズも新たにはじまりました。
芦田 ストラヴィンスキーは音楽史に残る“変革者”ですから、そういう人の精神は受け継ぎたいし、紹介したい。春祭が何かを変えようとしているわけではないのですが(笑)。たとえ小さな作品でもストラヴィンスキーはやり続けたい。
柴田 おもしろいですね。ストラヴィンスキーがシリーズ化されるケースは少ないですから。
芦田 メジャーな作品からだんだんマイナーな方向にいければいいな、と。
柴田 インバルと都響の演奏も鮮烈でした。そう言えば、この日、3つのコンサートをハシゴしたことを覚えています。東京都美術館の寺神戸さんから、旧奏楽堂の堀米さん、そして文化会館のストラヴィンスキーへ。桜の季節にそうして上野で時間を過ごすのも、春祭ならではの魅力ですね。

インバル指揮東京都交響楽団のストラヴィンスキー (C)堀田力丸

インバル指揮東京都交響楽団のストラヴィンスキー (C)堀田力丸

芦田 楽しいですよね。上野公園の空間が文化的だから。
柴田 この《タンホイザー》は、完全な演奏会形式ではなかったですよね。ステージが二段になっていて、上段で歌手が歌い、背後にはスクリーンがあった。このときは、シンプルな演奏会形式に徹したほうがいいのでは、とも感じました。《パルジファル》が素晴らしかっただけに……。
芦田 ワーグナーを熟知している人は演奏会形式でいいのですが、そうでない人には、どんな場面なのかということくらいは、視覚的にわかるようにしたほうがいい。それなら映像と字幕を一緒に出そうということで、スクリーンを使いました。
柴田 なるほど。そういった工夫も大切ですね。

《タンホイザー》より (C)青柳聡

《タンホイザー》より (C)青柳聡

2013年
ワーグナー&ヴェルディ・イヤー

ぶらあぼ 2013年はワーグナーとヴェルディの生誕200年にあたり、ワーグナー・シリーズでは《マイスタージンガー》が上演されました。
柴田 《マイスタージンガー》は、そもそも聴く機会が少ない。
芦田 昨年、日本では上演されなかったでしょう。
柴田 ワーグナーのなかでも特に長さを感じさせますから…。
芦田 ワーグナー・シリーズを長期的に見て《マイスタージンガー》をどの年に持っていくべきか考えると、ワーグナー・イヤーしかないだろうということになった。
柴田 テノールのフォークトが話題になりましたが、本番でも彼の長所が存分に発揮された。こんなにソフトでエレガントな歌い方もあるのだな、と感心しました。
芦田 無垢な若者の役が合っていますよね。《マイスタージンガー》の成功の大きな一因は、彼のおかげといっても過言ではない。

《ニュルンベルクのマイスタージンガー》より (C) 青柳聡

《ニュルンベルクのマイスタージンガー》より (C) 青柳聡

ぶらあぼ 一方のヴェルディは、マラソン・コンサートでワーグナーとともに取り上げられ、秋にはムーティが特別公演を指揮しました。
芦田 特別公演は、本当は春にやりたかったのですが、どうしてもムーティさんのスケジュールが合わなかった。しかし、ヴェルディ・イヤーにムーティさんが来ないのは寂しいということで、今後も二度とないであろう“秋”の公演を実施しました。
柴田 演奏はさすがでした。ツボというのかな、タメとかフレージングなど、日本人の歌舞伎ではないですが、彼のヴェルディには反論できない。それほど説得力があった。
芦田 ファンに楽しんでいただくと同時に、日本のオケに本物のヴェルディを示してほしかった。そのために番外編をやったわけです。
柴田 特別公演は二度とない?
芦田 “春”の音楽祭ですから(笑)。
柴田 やっぱり春のほうがいいですね。
芦田 音楽祭の期間中、ちょうど上着が替わるでしょう。はじまったころは冬物だったのが、音楽祭が終わるときには春物になっている。
柴田 年度が変わると、気分も明るくなりますね。
芦田 一年間、どれだけ大変なことがあっても、4月になれば入社式・入学式があって、みんなで花見もする。何はともあれ「春には“心機一転”!」という感覚が日本人には染みついています。だから音楽祭の時期として、春はちょうど良かったと思っています。
柴田 そうですね。今年も楽しみにしています。

(2013.12.16 東京・春・音楽祭 事務局にて Photo:ぶらあぼ編集部)