バッティストーニが語る、「悲愴」

 2016年、クラシック音楽界の話題の中心の一人は、間違いなくアンドレア・バッティストーニだろう。10月には東京フィルハーモニー交響楽団の長い歴史で初の首席指揮者に就任し、TV番組『題名のない音楽会』に登場して広く話題となったヴェローナ出身の若きマエストロだ。東京フィルとの韓国ツアーを前にした多忙な時期に、2016-17シーズンの締めくくりとなる3月の定期演奏会について話を聞いた。

 3月の演奏会では、彼が愛するロシア音楽の名曲2曲を取り上げる。まずはラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を、若きピアニスト松田華音を迎えて演奏する。
 反田恭平とのCD(註:演奏はRAI国立響)でも、歌劇《イリス》(10月)でも、共演者たちの美点を引き立てつつ、自らの音楽をつくり上げるバッティストーニの手腕は際立っていた。その秘訣を尋ねると少々意外な答えが返ってきた。
「歌でも器楽でも共演者がいる作品では、共演者に合わせて作品を捉え直します。”私が作品をどう捉えているか”より、”共演者と一緒にどのように創り上げられるか”が大事です」
 共演者の呼吸を尊重し、共演者がもたらす新しいアイディアをより輝かせるように演奏したいのだ。
 なるほど、共演者たちの美点を引き出しつつオーケストラと調和させたそれらの演奏は、そうした姿勢から生まれていたわけだ。そんなバッティストーニと、現在モスクワ音楽院で学ぶ松田華音との共演によるラフマニノフは、松田の音楽性を活かした輝かしい演奏となることは疑いようもない。

 コンサートのメインとなるのはチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」だ。この名曲をどのように捉えるのだろう?
「自伝的なエピソードに寄せて解釈しようとは思いませんし、レクイエムでもないと考えます」
 そう応えながら、その上で、音楽史的にも重要な作品であることを指摘する。バッティストーニの知性には感心させられる。
 彼個人としては「この曲に出会うことで、(言葉を伴わない、オペラ以外の)音楽が人間の深い感情を表現し、聴き手に届けられるものだと気づかされたんです」と語るほど、この曲には思い入れがあるという。
「ドストエフスキーの『罪と罰』に通じる世界をこの作品に感じます」
 そう語る彼の「悲愴」は、たとえその結末が悲劇であっても、死や人生の終わりといった否定的なものではなく、力強い生命力を感じさせるものとなりそうだ。

 誰もが知るロシアの名曲から、バッティストーニと東京フィルはきっと新鮮な感動を与えてくれる。3月の定期演奏会は、彼が首席指揮者として迎える最初のシーズンへの大きなステップとなることだろう。
取材・文:千葉さとし 写真:中村風詩人

第891回オーチャード定期演奏会
2017年3月12日(日)15:00
Bunkamuraオーチャードホール

第108回東京オペラシティ定期シリーズ
2017年3月13日(月)19:00
東京オペラシティコンサートホール

指揮:アンドレア・バッティストーニ
ピアノ:松田華音*

ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第2番*
チャイコフスキー/交響曲第6番『悲愴』