チョン・ミョンフンが語る、東京フィルとの“新しい時代”


チョン・ミョンフン ©上野隆文

 平成から新元号へと変わる2019年、東京フィルも新時代にふさわしいプログラムを披露する。名誉音楽監督チョン・ミョンフンはこう語る。

 

 「私は、新しい天皇となられる皇太子殿下とは、何度も室内楽を共演したことがあります。殿下は優れた音楽家であり、人間としても素晴らしい方です。御即位を心からお祝い申し上げます」

 


クリステル・リー ©BorisZaretsky

 7月、チョンは、新時代を『新世界交響曲』とともに祝う。彼にとって、ドヴォルザークの交響曲第9番『新世界より』は、2012年の東京フィルの創立100周年特別演奏会でも取り上げた特別なレパートリー。

 「この交響曲には、タイトル通り、新しい世界を発見した感情が音楽で見事に表現されています。ドヴォルザークの時代に、アメリカに行くことは、とてもエキサイティングであり、彼はヨーロッパとは違う精神を見出しました。この作品には、新鮮でオープンで自由な精神が溢れています」

 演奏会前半のシベリウスのヴァイオリン協奏曲では、クリステル・リーが独奏を務める。韓国系アメリカ人の彼女はチョン・キョンファの弟子であり、今回、キョンファの推薦によって、東京フィル・デビューを飾ることになった。

 


アンドレア・バッティストーニ ©上野隆文

 首席指揮者アンドレア・バッティストーニは、新時代を祝して、4月に、ウォルトンの戴冠行進曲『王冠』とモーツァルトのピアノ協奏曲第26番『戴冠式』を取り上げる。ウォルトンの『王冠』は、1937年の英国王ジョージ6世の戴冠式で演奏された行進曲である。モーツァルトのピアノ協奏曲第26番は、1790年にフランクフルトで催された、レオポルト2世の神聖ローマ帝国皇帝としての戴冠式に合わせて作曲されたので、『戴冠式』のニックネームがつけられている。メインは、バッティストーニが愛するチャイコフスキーの交響曲第4番。

 このほか、バッティストーニは、9月と2020年1月の定期演奏会にも登場。9月には、ヴィヴァルディの『四季』とホルストの組曲『惑星』を組み合わせ、地球上の自然を描く『四季』から遥か彼方の『惑星』へと思いを馳せる。『四季』では木嶋真優が独奏を務めるのに注目。2020シーズンの開幕を飾る1月定期はベルリオーズの『幻想交響曲』。若きベルリオーズが描いた情熱と狂気を、バッティストーニがどう表現するのか興味津々だ。

 

 来年2月の、チョン・ミョンフンが指揮するビゼー『カルメン』(オペラ演奏会形式)は、2020シーズンの目玉となるに違いない。チョンにとっては「カルメン」は十八番といえる。

 


ジョルジュ・ビゼー(1838-1875)

 「『カルメン』は熱いオペラですね。とても情熱が求められる。有名すぎて、軽くみられることもありますが、スコアを読むと、深い情熱が込められたオペラであることが分かります。ビゼーのイマジネーションには驚嘆させられます。彼は、ジプシーの生活を知っていたわけではないでしょうが、その音楽は生まれた頃からジプシーやスペインの生活に慣れ親しんでいたように感じられます。でもそれらすべては純粋な想像でした。プッチーニに『蝶々夫人』があって日本を描いていますが、ビゼーは『カルメン』でそれ以上に完璧にスペインを作り上げています。カルメンを歌うマリナ・コンパラートは、ヴェネチアのフェニーチェ歌劇場で『カルメン』を共演し、とても素晴らしかったですよ。東京フィルは、特にオペラでは幅広いレパートリーと経験を持つ、日本で最も柔軟なオーケストラ。彼らは少ないリハーサルで素晴らしく演奏してくれるので、『カルメン』は私にとって音楽的休日のようなものです(笑)。

 オペラの演奏会形式での上演は、視覚的な楽しみはありませんが、完全に音楽に集中することができます。すなわち、目をつむってシーンを想像し、耳で音楽に集中するのです。音楽的な見地からすれば、オペラの舞台上演は、歌手の動きなどもあり、妥協をしなければなりませんし、音楽の親密なディテールも犠牲にされます。とてもよく知られたオペラは、時々、コンサート形式で演奏するのが良いと思っています」

 

 特別客演指揮者ミハイル・プレトニョフは、10月にリストの『ファウスト交響曲』に取り組む。テノール独唱と男声合唱を要する大作の上演が楽しみだ。前半には長大な『ファウスト交響曲』とは対照的なビゼーのチャーミングな交響曲。2020シーズン3月にはスメタナの連作交響詩『わが祖国』全曲を取り上げる。プレトニョフの至芸が堪能できるだろう。

 6月には、桂冠指揮者・尾高忠明が登場し*、チャイコフスキーの交響曲第5番とラフマニノフのピアノ協奏曲第2番という、ロシア・プログラムを振る。ラフマニノフで独奏を務めるのは2018年のグリーグ国際ピアノ・コンクールで第1位を獲得した髙木竜馬。(*東京フィルハーモニー交響楽団桂冠指揮者 尾高忠明の指揮活動休止に伴い、指揮者が変更となります。代役の指揮者、曲目の変更有無については、詳細が決定し次第ウェブサイト等にて発表)

 かつて東京フィルの正指揮者であった沼尻竜典は、6月に得意のマーラーを取り上げる。二人の独唱者を必要とする『大地の歌』では、メゾ・ソプラノの中島郁子とテノールのダニエル・ブレンナが歌う。前半にはベートーヴェンの交響曲第6番『田園』。


ケンショウ・ワタナベ ©David Debalko

 海外で活躍する若手日本人指揮者にも注目である。11月に登場するケンショウ・ワタナベは、横浜で生まれ、5歳からアメリカで暮らす。現在、フィラデルフィア管弦楽団のアシスタント・コンダクターを務めている。2018年にはセイジ・オザワ松本フェスティバルでサイトウ・キネン・オーケストラを相手に思い切りのよい指揮を披露した。今回のマーラーの交響曲第1番『巨人』は大いに期待できる。大ベテラン舘野泉とのラヴェルの「左手のためのピアノ協奏曲」も聴き逃せない。

 


山田 治生(やまだ・はるお / 音楽評論家)

1964年、京都市生まれ。1987年、慶應義塾大学経済学部卒業。著書に、小澤征爾の評伝である『音楽の旅人』、『トスカニーニ』(以上、アルファベータ)、編著書に『大人の観劇 オペラ・ガイド』(成美堂出版)、『戦後のオペラ』(新国立劇場情報センター)、訳書に『レナード・バーンスタイン ザ・ラスト・ロング・インタビュー』(アルファベータ)などがある。