【特別インタビュー】ミハイル・プレトニョフ(特別客演指揮者)

リストが試行錯誤の末に書き上げた感動のエンディング

 プレトニョフと東京フィルが今年10月、ビゼーの交響曲第1番とリストの「ファウスト交響曲」を取り上げる。ビゼーの交響曲は古典的な形式のうちに美しい旋律と響きを纏ったリリカルな作品。かたやリストは、ゲーテの『ファウスト』に基づく標題音楽で終楽章にテノール独唱と合唱が加わる劇的な交響曲。

 ほぼ同じ頃の作曲なのにとても対照的だ。「興味深い組み合わせですね」と言うと、マエストロは「そうでしょう。きっと楽しんでいただけますよ」と頷いた。
「私もオーケストラも、常に新しい曲に挑戦したいと思っています。今回の2曲は滅多にコンサートでは取り上げられませんが、素晴らしい作品です」

撮影:寺司正彦

 ベルリオーズの《ファウストの劫罰》やシューマンの「ゲーテのファウストからの情景」、昨年東京フィルがバッティストーニの指揮で演奏して話題を呼んだ《メフィストーフェレ》等、『ファウスト』に基づく作品はたくさんある。
「19世紀には文学作品を基にした標題音楽がたくさん書かれました。中でもゲーテの『ファウスト』は多くの作曲家たちを魅了しました。リストもピアノ曲の「メフィスト・ワルツ」や今回の「ファウスト交響曲」などを作曲しています」

2019年3月の定期公演 リハーサルより
(C)上野隆文/提供:東京フィルハーモニー交響楽団

 原作の一部はメフィストフェレスと契約を結んだファウストがグレートヒェンと恋に陥り、彼の子を産んだ彼女は嬰児殺しの罪で死刑となる。二部でファウストは自責の念を抱きつつメフィストと幻想的な世界を逍遥する…。

「『ファウスト交響曲』では、第1楽章はファウスト、第2楽章はグレートヒェン、第3楽章はメフィストフェレスを描いていますが、第3楽章はファウストの旋律を歪めた、いわば変容。リストはピアノソナタでも同様の手法を用いていますが、交響曲はとりわけ弦楽器の演奏が難しい。ところで、ゲーテはこの大作をどう終わらせるべきか悩みました。その結果が第2部の最後でファウストの魂が、マルガレーテの魂によって救済される『神秘の合唱』です。『うつろうものはすべて比喩に過ぎない。…不思議なことが、ここに成し遂げられる。永遠に女性的なるものに導かれて、私たちは引き上げられる』。読み手によっていろいろな解釈ができます。リストも自分の交響曲の終わり方について考え、試行錯誤の末に辿り着いたのが、第3楽章最後の『神秘の合唱』の導入だったのです。そこではゲーテのテキストをテノール歌手と合唱が歌うのですが、とても感動的ですし、音楽的にも完成された終わり方だと思います」

 プレトニョフはそう言うと、「永遠に女性的なるもの Das ewig Weibliche」というドイツ語の歌詞を何度も繰り返した。
「ゲーテの詩はすばらしいです」

撮影:寺司正彦

 お客様へのメッセージをリクエストすると少し照れながら、「いつも私たちの公演を聴きに来てくださって本当に感謝しています。いらしてくださった甲斐があったと思っていただけるようにしっかり準備します」と答えてくれた。リストの壮大な音楽絵巻がホールに鳴り響く日が待ち遠しい。なお、2020年3月にはスメタナの《わが祖国》が演奏される。「私自身、全曲を指揮するのは初めてなのでとても楽しみです」とのこと。
取材・文:那須田 務

【公演情報】
第128回東京オペラシティ定期シリーズ
2019年10月17日(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
第927回オーチャード定期演奏会
2019年10月20日(日)15:00 Bunkamura オーチャードホール
第928回サントリー定期シリーズ
2019年10月21日(月)19:00 サントリーホール

指揮:ミハイル・プレトニョフ
テノール:イルカー・アルカユーリック*
男声合唱:新国立劇場合唱団*

ビゼー/交響曲第1番
リスト/ファウスト交響曲*