取材・文:松本 學 / 通訳:井内美香
2019年1月定期、ザンドナーイ『白雪姫』について…
2017-18シーズン開幕定期ではザンドナーイ『ジュリエッタとロメオ』を取り上げた (C)上野隆文
――それではザンドナーイ『白雪姫(ビアンカネーヴェ)』の話に移りましょう。
リッカルド・ザンドナーイ(1883-1944)
「自分がザンドナーイに興味を持ち始めた頃に、彼の作品カタログを見ていたところ、オペラ以外にもシンフォニーをはじめとするオーケストラ用の作品が随分あるなと気付いたんですね。それで作品ごとに録音を探していきました。そうしたらとても少なくて、ほとんど無いじゃないかと(笑)。そこで、音楽出版のリコルディ社に手紙を書いて、すみませんけれどザンドナーイのこれらオーケストラ作品のスコアを全部送ってくれませんかと頼んだんです。彼らは親切で、本当にそれを送ってくれました。ただし、これが典型的なイタリア式で、1年後になって突然届いたんです。ある日とても大きな小包が家に届いたのですが、これって何だっけ?と、すっかり忘れてしまっていたくらいで(笑)。開けてみたらザンドナーイのオーケストラ曲のスコアが全部入っていたんですよ。実に興味深くて、それらを調べていきました。録音がない曲がほとんどなので、自分で楽譜を読んで、ちょっとずつ弾いたりしながら研究していったわけです。そうしている中で『白雪姫』も見つけて、これいいんじゃないか!? とピンときたんです」
原作の「白雪姫」はこんなに名だたるおとぎ話なのに……
白雪姫
――『白雪姫』も確かにスコアは市販されておらず音源も見当たらない、相当に珍しい作品です。もともとバレエのために書かれたものですね。
「原作はこんなに名だたるおとぎ話なのに、有名な作曲家による『白雪姫』という音楽作品はほぼ存在しないのが不思議です。ザンドナーイによるこの作品の雰囲気は、ラヴェルの『マ・メール・ロワ』やストラヴィンスキーの『火の鳥』などのテイストに通ずる曲だなと思いました。おっしゃる通り、この曲は交響組曲『白雪姫』というバレエのために書いた曲です。20分ほどの組曲なのですが、その中には『白雪姫』のストーリーが最初から終わりまできちんと描かれています。出だしはとても牧歌的で、白雪姫が歌っているような、ちょっとディズニーのフィルムっぽい雰囲気で、クラリネットのソロが登場します。小鳥たちがそれに応えるかのように始まり、森に白雪姫が行くと、そこにはR.シュトラウスの『アルプス交響曲』のようにウィンド・マシーンが使われています。それから小人たちの行進のようなところは、少しグロテスクな音楽となって、リムスキー=コルサコフやストラヴィンスキーのような曲調が少し出てきますね。フィナーレは倒れた白雪姫を王子が助けて、オーケストラによる大掛かりなフィナーレに突入……みたいな流れです」
――冒頭のクラリネットの3連符のメロディは、白雪姫の主題のようで、これが全体を通して用いられています。『ジュリエッタとロメオ』も同様でしたし、ライトモティーフ的な使い方をする作曲家ですね。
「その通りです。また、白雪姫のストーリーがよく書かれているというだけではなく、ザンドナーイはオーケストレーションがとても素晴らしいんです。東京フィルとも演奏した『ジュリエッタとロメオ』の〈松明の踊り〉にも似たところがあります。それにしても演奏されないので、そんなに誰も演奏しないのなら、かわいそうなザンドナーイのために私が一肌脱ごう、と思ったわけです(笑)。そしてザンドナーイだけでなく、他の作曲家たちの忘れられた作品の中にももしかするととてもよい曲があるかもしれないので、そういうのを見つけていきたい。曲が評価され広まるには、そのように作品を守って応援してあげる人が必要です。例えばマーラーも、ワルターやミトロプーロス、バーンスタインがいたからこれだけ演奏されるようになったわけで、彼らがいなかったらそれほどではなかったかもしれない。
私は彼らほど立派な人物ではないかもしれませんが、ザンドナーイたちのようなあまり演奏されない作品に光を当てていきたいと考えています。それにしても、『白雪姫』も優れた作品なのに初演以来上演のチャンスに恵まれなかったらしく、届いた楽譜はずうーっと倉庫の中に捨て置かれていた!という感じで、もう真っ黄色でした(笑)。でも、そういう作品を演奏してゆくということはとてもよいことだと私は思っています」
ボーイトとザンドナーイ、ふたりのイタリアの作曲家
――先ほども少し触れましたが、ボーイトとザンドナーイの作風の違いはどんなところでしょう。
「うーん、やはり時代の違いがあります。ザンドナーイはオーケストレーションがとても巧みで素晴らしい書法なのですが、それはやはりモダン・オーケストラやドイツ・フランスのたくさんの傑作を知っているというアドバンテージがあります。
その点ボーイトは、彼の時代にしては非常に天才的なところがあり、それが『メフィストーフェレ』の中に自然に出てきていて感嘆させられます。それは彼の特別な才能です。オーケストレーションをきちんと勉強し、知悉しているザンドナーイとは書法がやはりまったく異なるということは言えますね」
――ちなみに、『白雪姫』のローマでの初演の際に振り付けたのは、コレオグラファー兼俳優のグリエルモ・モレージでしたが、彼はその翌年1952年に『メフィストーフェレ』にも振り付けています。 そういえば、ザンドナーイもボーイトも、バッティストーニさんがお生まれになったヴェローナのすぐ近くの出身ですよね。これからも彼らの作品をたくさん紹介していただけると嬉しく思います。
「そうなんです、近いんですよ。母はピアノ教師なのですが、ザンドナーイが生まれたトレンティーノのロヴェレートという町にある“ザンドナーイ音楽学校”で教えているんです。町には彼の胸像もありますよ。そのせいで私は子供の頃からザンドナーイの名前を知っているわけです。なにせ、“ザンドナーイ音楽学校に行ってきまーす”と言って母がいつも出かけていたのでね(笑)」
――笑。ありがとうございました。
(インタビュア・プロフィール)
まつもと・まなぶ(音楽評論家)/音楽、バレエ/ダンス、映画の批評。『レコード芸術』『音楽の友』などの雑誌や、CD・DVD解説、演奏会プログラムへの執筆のほか、多くの海外取材、各種コンサートの企画・サポートも務める。共著に『地球音楽ライブラリー ヘルベルト・フォン・カラヤン』、『知ってるようで知らない バッハおもしろ雑学事典』など。
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・ アンドレア・バッティストーニ『メフィストーフェレ』を語る(連載記事)
【2019年1月定期演奏会】
バッティストーニが紡ぎ出す、色鮮やかな物語。
第914回サントリー定期シリーズ
2019年1月23日[水] 19:00開演(18:30開場)
サントリーホール
第122回東京オペラシティ定期シリーズ
2019年1月25日[金] 19:00開演(18:30開場)
東京オペラシティ コンサートホール
第915回オーチャード定期演奏会
2019年1月27日[日] 15:00開演(14:30開場)
Bunkamura オーチャードホール
曲目
デュカス/交響詩『魔法使いの弟子』
ザンドナーイ/『白雪姫』
リムスキー=コルサコフ/交響組曲『シェエラザード』