アンドレア・バッティストーニ、歌劇《メフィストーフェレ》を語る<3>

オペラの聴きどころ――プロローグ、美しい合唱とアリア

このオペラの中で最初にメフィストーフェレが舞台に出てくるとき、口笛を吹きながら出て来ます。この時、オーケストラが彼のことを描写しています。《メフィストーフェレ》の中では、ファゴットがメフィストーフェレ自身ととても関連が深い楽器、それから、ピッコロが口笛を吹くのを表します。このメフィストーフェレのテーマは何度も出てきますが、特に口笛を吹くということはメフィストーフェレの重要なキャラクターの一つになっています。
それは、悪魔がいつも伝統として口笛とともに出てくるということではありません。権力に反逆する、反抗する人たちが、反抗心を示す時に口笛を吹くので、そのことも同時に表しているわけなのです。メフィストーフェレは“反逆児“ですが、最後まで決して自分の行いを後悔しません。そして最後の最後に、一番最後まで頑張って戦います。モーツァルトのドン・ジョヴァンニが私たちにくれた教えと似ているかもしれません。
ボーイトのメフィストーフェレは、ゲーテの原作『ファウスト』と同じように、ファウストが最後に自分自身のやったことを後悔して、天に召されて終わります。ですが、メフィストーフェレが言う最後のフレーズは神様や天国に対する反抗を表しています。「神様は、天上の方たちは、勝利を収めるがいいや。でも俺は口笛を吹き続けるぞ」と言ってオペラが終わるんです。この反抗心はメフィストーフェレの一番有名な彼のアリアにも表れていて、彼のアリアは口笛を吹く、「口笛のアリア」と言われているのですが‥音楽の楽譜の中で、口笛がまじめに出てきたのはこのアリアが最初ではないでしょうか。

「ちょうどピアノがあるので、メフィストーフェレのテーマを弾いてみましょう」とバッティストーニ。ファゴットがメフィストのテーマを奏する

東京フィルの《メフィストーフェレ》の演奏会に来ていただく方は、有名な曲がたくさんありますので、可能でしたらあらかじめ聴いてから来ていただけると、よりいっそう、楽しめると思います。一番有名なのは何といってもプロローグ。おそらく、このプロローグは合唱が入ったイタリアオペラのレパートリーのなかで最も美しい場面だと思います。《メフィストーフェレ》の、この最初の20分間に表されている天国……神々の世界というものを、オペラの歴史の中でもボーイトほど素晴らしく表現することのできた作曲家はほとんどいないのではないでしょうか。今までのイタリアオペラで、このような天国の描写で始まったことがあるオペラは一つもないのです。

ボーイトはこれまでお話したように非常に変わったことをやったわけですが、同時に彼は大変な研究家で、勉強も非常によくできた人でした。この作品を4つの楽章を持つ交響曲のように書いたのは大変に勇気のある選択だったと思います。天使たちの登場をトランペットが高らかに鳴り響かせますが、これで天使たちが現れたということをとても素晴らしい表現で表していますし、先ほどお話したメフィストーフェレの登場のシーン、ファゴットとピッコロで表されるところもあり、他にも素晴らしい部分はたくさんあります。
たとえばボーイトがファウスト役に捧げた「カンタンテ」があります。ファウストは初演版ではバリトンが歌っていました。ボーイトはそのあと、「イタリアオペラのヒーローはテノールでなくてはいけないのだな」ということを悟り、現行版ではファウストはテノールになっています。ファウストがオペラの最後に歌うアリア「最後の時が来た」は大変な名曲として過去のテノールの名歌手たちはみんな歌っている曲です。
ヒロインのマルゲリータはファウストに誘惑されて捨てられた女性ですが、彼女にも大変に有名な曲があります。ソプラノの「いつかの暗い海に」という非常に有名なアリアです。第3幕の、牢屋の中の非常に恐ろしい場面、ヒロインのマルゲリータが裁かれる場面で歌われます。そこにテノールとソプラノの非常に美しい二重唱が続きます。「ロンターノ、ロンターノ、ロンターノ」、遠くに行きましょう、という陶酔的な曲です。これは後のプッチーニ《トスカ》の最後の幕、トスカとカヴァラドッシの2人が愛のために駆け落ちしていった先の日々を夢見るシーンがありますが、それの先駆的のような雰囲気をたたえた曲です。
さらに、このオペラのなかでは合唱が大変重要な役割を占めています。オペラのなかにはいくつも合唱が重要な場面があるのですが、そのなかでも最も注目していただきたいのは、第3幕、魔女たちの夜会の場面です。そこの音楽では、ボーイトは自分に大きなインスピレーションを与えた作曲家、フランスのベルリオーズにオマージュを捧げた音楽を書いています。ボーイトはパリにいた時にベルリオーズの「幻想交響曲」を聴いていて、この曲も最後のフーガのところで非常にサタンの雰囲気をもつ音楽を書いていますが、それへのオマージュを捧げています。

歌手たちのみどころ、聴きどころ

今回の東京フィルの《メフィストーフェレ》では、1人のソプラノ歌手が、物語に出てくる2人のヒロインを演じます。その1人はゲーテの「ファウスト」のなかのグレートヒェンにあたる素朴な、ファウストに誘惑される娘。第2幕でこのマルゲリータは非常にデリケートな乙女らしい歌を歌いますが、次の第3幕、牢獄の中の幕では、息子を殺した、というドラマチックな、声楽的にも強い、ソプラノ・ドラマティコの人が歌う、そういうふうに変化します。
第4幕はゲーテの「ファウスト」の第2部の始めの方にあたる部分ですが、古代のギリシャ世界に時代が大きく変わります。そしてファウストが恋をしてしまうヒロインはトロイのヘレナ、理想的な美の象徴に変化します。ですからこのヘレナを歌う時、マルゲリータと同じ人が歌うのですが、これは1幕とは違った、ピュアで理想的な人物を表現する必要があります。この2つのソプラノの役に違う歌手が出演するケースもあります。しかしまあ伝統的には、素晴らしい女性歌手が自分の色々な面を見せることができる役として、この両方の役を兼ねて歌うことが主流です。

左より:加藤浩子、アンドレア・バッティストーニ、井内美香

最後に申し上げておきたいのは、《メフィストーフェレ》は国際的に、近年オペラ界で再ブレイクしており、また急上昇の兆しをみせている作品です。先程お話したように、今年はバイエルン州立歌劇場でも上演されましたし、ニューヨークのメトロポリタン・オペラ、フランスのオランジュ野外劇場でも上演されます。上演回数が増えているということですが、それを自分が指揮できるというのはとても嬉しいことですし、アニバーサリーのお陰でもあると思います。皆さんにも聞いていただきたいと思います。
特に、日本での上演は珍しいことだと思います。過去に1回だけ上演が行われているそうですが、非常に珍しい機会だったと思いますので、今回はぜひ私たちの演奏を聞きに来ていただきたいと思います。非常に感動していただける公演になると思います。悪魔は怖いばかりの存在ではありません。非常に興味深いものをもってきてくれるものだと思いますし、こんなに興味深いものがあったのだという発見をもたらしてくれる存在だと信じています。こわがらないで来てくださいね!(笑・・拍手)

<公演情報>
●第912回 サントリー定期シリーズ
2018.11/16(金)19:00 サントリーホール

●第913回 オーチャード定期演奏会
2018.11/18(日)15:00 Bunkamuraオーチャードホール

指揮:アンドレア・バッティストーニ
メフィストーフェレ(バス):マルコ・スポッティ
ファウスト(テノール):ジャンルーカ・テッラノーヴァ
マルゲリータ/エレーナ(ソプラノ):マリア・テレ-ザ・レーヴァ
マルタ&パンターリス(メゾソプラノ):清水華澄
ヴァグネル&ネレーオ(テノール):与儀 巧
合唱:新国立劇場合唱団 他

ボーイト/歌劇《メフィストーフェレ》(演奏会形式)

問:東京フィルチケットサービス 03-5353-9522(平日10時~18時、12/23(土)は10時~16時)
東京フィルWebチケットサービス http://tpo.or.jp/(24 時間受付・座席選択可)