生演奏ならではの“高揚感”に浸る一年〜2021シーズンに寄せて

 東京フィルの2021シーズンの定期演奏会のテーマは「新しい景色をみたい」。
 そこには、コロナ禍というかつてない状況下において、「夢や希望を感じる楽曲を存分に楽しむことで、芸術を日常に取り戻してほしい」との思いが込められている。
 中でも1月の『火の鳥』すなわち「不死鳥」、2月の『復活』は、オーケストラと聴衆双方にとって意義深い決意表明となる。そしていま多くの人に喜びを与えるのは“高揚感”であろう。全8回の定期演奏会では、ポストを持つ4人の強力指揮者陣が、パッショネイトな快作や濃密な名作を聴かせ、無類の高揚感を与えてくれる。
 ここは未曾有の経験を経て組まれた特別なプログラムを1年通して鑑賞し、新たな発見と改めて実感するオーケストラ生体験の歓びを重ねていきたい。

文:柴田克彦

 1月は首席指揮者アンドレア・バッティストーニが、ラヴェル『ダフニスとクロエ』ストラヴィンスキー『火の鳥』の組曲を披露。“管弦楽法の達人”による両バレエ曲は、組曲=オーケストラ作品としてより輝いている。ここでは鮮烈な色彩感とバッティストーニ一流の躍動感を満喫したい。

 2月は名誉音楽監督チョン・ミョンフンによるマーラーの交響曲第2番『復活』 。「必ず蘇る」と歌われる同曲は、世界のオーケストラにより特別な節目に取り上げられてきた作品でもある。今回は前記の意味と併せて、マエストロのポスト就任20周年を期しての演奏。2001年にこの曲の圧倒的熱演で始まった長きコンビゆえの深遠な音楽が、新たな金字塔を打ち立てる。

2点ともに(C)上野隆文

2017年9月、サントリー定期演奏会 マーラー/交響曲第2番『復活』(指揮:チョン・ミョンフン)
(C)上野隆文

 3月は特別客演指揮者ミハイル・プレトニョフによるスメタナの『わが祖国』全曲。チェコの風物を描いたこの連作交響詩を、独自の視点で名曲を斬る天才がいかに表出するのか? 彼自身「政権から弾圧を受けた時に、命を賭して己の芸術にかける心意気を示した」と語る同曲は、2度延期した後にも復活を期待された特別な演目だけに期待は大!

 5月、永遠の愛をテーマとしたプロコフィエフの『ロメオとジュリエット』は、バッティストーニの生地ヴェローナを舞台にした作品。ダイナミックかつ精妙な同曲では、彼の雄弁な語り口が最上の効果を発揮する。また、生誕100周年を迎えるピアソラの「シンフォニア・ブエノスアイレス」は、エネルギッシュでシンフォニックな本格作。2台の「バンドネオン」を加えた日本初演は必聴だ。

2点ともに(C)上野隆文

 6月は桂冠指揮者・尾高忠明が振るラフマニノフ・プログラム。尾高は同作曲家の作品、特に今回の交響曲第2番を得意としている。いまや円熟の大家たる彼が、関係の深い東京フィルで紡ぐ今回は、濃厚なロシアン・ロマンと格調の高さを兼備した名演が期待される。さらに「パガニーニの主題による狂詩曲」は、ソリストの上原彩子がチャイコフスキー・コンクール優勝時の本選で演奏し、飛躍の契機をなした作品。成熟味を増した独奏も聞き逃せない。

 7月と9月はチョン・ミョンフンによるブラームスの交響曲全曲。同作曲家への思い入れが深いマエストロは、2009年東京フィルでの交響曲チクルスでも、ロマンティックな表現で魅了した。それから12年、彼の音楽がさらに内奥に向かっている中で、マエストロのたっての希望で若返りをはかったオーケストラが再びいかなる演奏を生み出すのか? 待望にして注目の2公演だ。

2点ともに(C)上野隆文

 11月はバッティストーニ自身の作曲によるフルート協奏曲『快楽の園』の日本初演を行う。今回も出演のトンマーゾ・ベンチョリーニとベルリン響によって世界初演された同曲は、画家ヒエロニムス・ボスの絵に拠る4つの音楽画。「ロマン派の交響詩にルーツを持つ」と彼自身語る音楽で、作曲家バッティストーニの定期初登場となる。そしてシンパシー強きロシアの名曲、チャイコフスキーの交響曲第5番。情熱的な曲調と相まって、高揚感MAXのシーズン締めくくりとなる。


柴田克彦(しばた・かつひこ/音楽ライター)
音楽マネージメント勤務を経て、フリーランスの音楽ライター、評論家、編集者となる。雑誌、公演プログラム、宣伝媒体、CDブックレット等への寄稿、プログラム等の編集業務のほか、一般向けの講演や講座も行うなど、幅広く活動中。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)。