2020年6月定期演奏会 公演レポート

4か月ぶりの定期演奏会再開によせて

 やや蒸し暑い6月21日の昼、筆者は2月定期演奏会のチョン・ミョンフン指揮『カルメン』以来となる東京フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会のためにBunkamuraオーチャードホールに赴いた。あの輝かしい名演のあと、なんと4か月ぶりの空白があったわけだ。ついに帰ってきた待望の演奏会を、ここで振り返ってみよう。

6月21日開催の東京フィルハーモニー交響楽団 第938回オーチャード定期演奏会より
(C)三浦興一

定期演奏会の再開にあたって

 厳しい状況は皆様もご存知のとおりだ。私たち個々人は多くの活動を自粛し、東京フィルは大規模イヴェントを開催しないよう呼びかけられて多くの演奏機会を失った。今回の定期演奏会も日程こそ予定通りだったが「コロナ以前」のように、「いつもどおり」に開催できたわけではない。感染拡大防止、舞台上の演奏者たちの安全、行政からの指導…など、考慮されるべきことはあまりに多く、それに対して開催決定からの時間はあまりに短い。しかもその対応についてはまだ世界中の誰も「これで大丈夫」とは言い切れない状況なのだ。

Bunkamuraオーチャードホール エントランスにて
(C)三浦興一

 定期演奏会の開催にあたって、東京フィルはチケット購入者にはがきを送付し新たに座席を割り振って聴衆同士の座席の間隔を作り、また事前に注意事項を伝えた。この対策は功を奏し、入場に際して来場者同士の接触や密集を避けられ、3日とも入場時に混雑や混乱はなかった。聴衆を迎えるスタッフは手袋、マスクに加えてフェイスシールドも着用して万全を期していた。開場後も来場者用消毒スペースの配置を人の流れに応じて動かしたりと、現場での細かい調整も行いながら昼公演(6/21)/夜公演(6/22、24)、晴天/雨天に3つの会場と、異なる条件下で混乱なく演奏会が定刻に開演できたのだから、運営面では大成功と言えるだろう。

出演者の安全対策

 また楽団員たちの安全のため、舞台上でも多くの配慮がなされていた。楽団員同士は以前より少し距離を取り、管楽器のベルの先には仕切りを用意し…、などの多面的な準備が見て取れた。この「新しい距離感」は演奏上容易でなかった面もあろうけれど、小さめの編成ながら広いオーチャードホールのステージをも十分に舞台を埋め、結果として私たちに見える舞台が実験的なそれとはならなかったことに、意外なほど安心感を覚えた。

(C)三浦興一

舞台袖で距離をあけて入場を待つオーケストラメンバー
(C)三浦興一

 そしていよいよ時間が来てコンサートは開演する。楽団員は距離を取るため一人ずつ入場してくるのだが、最初の一人が舞台に現れたその瞬間から終演時のような拍手が会場から上がる。その拍手を受けて、全員が揃うまで着席せず客席を見る楽員たちの笑顔がまた嬉しい。

 そしてレジデントコンダクターの渡邊一正が入場しておなじみの『セビリアの理髪師』序曲が始まる。この1曲目の表情は、その日ごとに全く違っていた。初日は場内にみなぎる緊張感そのままに、ベートーヴェンさながらに深刻に重く響いた。しかし翌日2日目には実にロッシーニらしい饒舌な演奏に変わり、サントリーホールでの最終日には堂々たる演奏が展開されて、と変わりゆくさまに、私は“オーケストラという生き物”の面白さを見る。

(C)三浦興一

 そしてメインのドヴォルザークの『新世界より』は、どの日もこれまで慣れ親しんできた有名曲とはまた違う音楽として響いた。作曲者が欧州から遠く離れて経験した『新世界』への憧憬ではなく、言うなれば私たちがこれから生きていく新しい世界に向き合うための出発点の風景。暗譜で指揮するマエストロと、この曲を何度も何度も演奏してきただろう東京フィルによってこのような感慨がもたらされようとは、事前には予想もできなかった。これだから演奏会は面白い。

 さて、6月定期は3公演とも演奏時間ほぼ1時間ほどで終演した。都のガイドラインに準じたこの短めの演奏会は、小さめの“第一歩”かもしれない。だが短い中にも聴きどころの多い演奏会を成功させた経験は間違いなく今後に活かされて、東京フィルは新しい時代に応じた演奏会を開催してくれる。そう確信できたことが、何より喜ばしい。ここからまた音楽が始まる、のである。
文:千葉さとし(音楽ライター)

初日、6月21日オーチャード定期演奏会カーテンコールより
(C)三浦興一


2020シーズン 6月定期演奏会
第938回オーチャード定期演奏会 

2020.6/21(日)15:00 Bunkamuraオーチャードホール)
第134回東京オペラシティ定期シリーズ
6/22(月)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
第939回サントリー定期シリーズ
6/24(水)19:00 サントリーホール

指揮
渡邊一正(東京フィル・レジデントコンダクター)
曲目
ロッシーニ:歌劇《セビリアの理髪師》序曲
ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」