名演が約束された二つのオペラ
ラインナップを眺めてさり気なくすごいと思ったが、眺めるほどに少しもさり気なくない。東京フィルの2018‐19シーズンに余計な形容は要らない。ひとこと、すごい。
真っ先に挙げるべきはオペラだろう。2作品が並ぶのはオペラの経験が豊富な東京フィルらしいが、指揮者と演目の組み合わせを見るに鳥肌が立つばかりだ。
一昨年の《蝶々夫人》も、流麗に引き締まったなかに細部が浮かび上がり、歌も活かされ、私がこれまでに聴いた最上の《蝶々夫人》だった。指揮者の力量の賜物だが、そこにはプラスアルファがある。マエストロ・チョンはみずから「家族」と呼ぶ東京フィルにはいつも作品の世界観をていねいに説き、楽員たちはそれに応える。両者の深い信頼関係が名演に拍車をかけているのだ。そのうえ《フィデリオ》は、マエストロが尊敬するベートーヴェンによる勧善懲悪のドラマ。年々深みを増すマエストロのヒューマニスティックな表現との相性もとりわけいいはずで、名演は約束されたようなものだ。 首席指揮者のアンドレア・バッティストーニが取り上げるオペラも刺激的だ。ヴェルディ《オテロ》などの台本作家としても知られるボーイトが、ゲーテの「ファウスト」を原作に台本と曲を書いた《メフィストーフェレ》(11月) 。若きボーイトがワーグナーの理念を模範に革新的な管弦楽法をもちいて書き、自由に転調しつつ展開するこのオペラは、全曲が上演される機会はイタリアでも少ない。
ボーイトはこの作品に改訂を重ねて価値を高めようとしたが、バッティストーニは、革新的な作品から内在するエネルギーを引き出す能力にこのうえなく長けた指揮者だ。作曲したボーイトさえ気づかなかった力が、この隠れた名作に漲るはずである。
若き俊英、ヴィオッティにも大注目!
バッティストーニは、昨年のストラヴィンスキー「春の祭典」の名演が記憶に残るロシア作品への取り組みも、さらに本格化させる。ショスタコーヴィチの交響曲で最も名高い第5番(5・6月) 、管弦楽法の大家であるリムスキー=コルサコフが絶頂期に書いた「シェエラザード」(2019年1月)……。実は、バッティストーニは「最も愛しているのはロシアの作曲家の作品です」と明言する。事実、サンクトペテルブルクで学び、初めてプロのオーケストラを指揮したのもロシアだったという。そして「ロシア音楽はメロディの偏愛という点でイタリア音楽に似ている」と語る。彼と東京フィルの、これまでで最高の1年になりそうな予感がする。
現代屈指のヴァイオリニストで完璧なテクニックと底知れぬ表現力で知られるチョン・キョンファが、弟のチョン・ミョンフンと共演するのも聴き逃せない(10月) 。また、特別客演指揮者のミハイル・プレトニョフが指揮するハチャトゥリアンの交響曲第3番(2019年3月)は、15本のトランペットとオルガンが不協和音のファンファーレを奏でる途方もない曲。巨匠がどんなスケールでこれを構築するか、興味が尽きない。 20代にしてヨーロッパで大きな存在感を示しているロレンツォ・ヴィオッティにも期待が募る(7月)。オペラのすぐれた指揮者で2005年に急逝したマルチェッロ・ヴィオッティを父に持ち、妹のマリーナ・ヴィオッティもメゾ・ソプラノとして頭角を現しつつある。そんな音楽のサラブレッドは、私が聴いた際も、胸のすくような快速テンポ、深い陰影、あふれる歌心などで強く訴えかけてきた。イタリア系の父、フランス系の母のもとスイスに生まれたヴィオッティ、フランス音楽のプログラムに洒脱な味わいも加え、新鮮な響きを楽しませてくれるはずだ。
ここまで書いてあらためて思う。これはすごい。
文:香原斗志
香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心にクラシック音楽全般について、音楽専門誌や公演プログラム、ライナーノーツなどに原稿を執筆。歌唱の分析と評価に定評がある。著書に『イタリアを旅する会話』(三修社)、共著に『イタリア文化事典』(丸善出版)。毎日新聞のクラシック音楽情報サイト「クラシックナビ」に「イタリア・オペラの楽しみ」を連載中。2月にアルテスパブリッシングより『イタリア・オペラを疑え!』を出版。
●チケット
一般発売:2018.2/1(木)より
問:東京フィルチケットサービス 03-5353-9522(平日10時~18時、12/23(土)は10時~16時)
東京フィルWebチケットサービス http://tpo.or.jp/(24 時間受付・座席選択可)
新シーズンラインナップ一覧
http://tpo.or.jp/concert/2018-19season01.php