【ゲネプロレポート】東京二期会 カロリーネ・グルーバー演出《ルル》

 東京二期会オペラ劇場《ルル》が8月28日に初日を迎えた。公演に先立ち行われた森谷真理(ルル)組の最終総稽古(ゲネラル・プローベ)を取材した。
(2021.8/26 新宿文化センター 取材・文:江藤光紀 撮影:寺司正彦)

中央:北川辰彦(猛獣使い)

左:高野二郎(画家) 右:森谷真理(ルル)

右:中村 蓉(ソロダンサー)


歌唱と演出の見事な一致、
主人公の内面を女性の視点で斬新な手法で描く

 昨年から延期されていた《ルル》がようやく上演の運びとなった。日本では取り上げられる機会は多くないが、いうまでもなく20世紀オペラの代表作の一つであり、そこに描かれた世界、テーマの重さは今なおアクチュアルな現代性を帯びている。

 それだけに、どう演出するかは大きなみどころだ。今回手掛けるのは欧州オペラ界で高い評価を誇るカロリーネ・グルーバー。すでに東京二期会とも《フィレンツェの悲劇/ジャンニ・スキッキ》(2005)、《ドン・ジョヴァンニ》(2011)、《ナクソス島のアリアドネ》(2016)と長期の関係を築いてきたが、歴史的に男性優位の物語の多いオペラを、女性の視点から解釈してきた彼女にとっても、今回のプロダクションは集大成になるという。自らに関係する男たちを次々と破滅させる「ファム・ファタル(運命の女、魔性の女)」を、ルルの内面にスポットを当てることで、欲望の対象となることを強いられるジェンダーの問題として読み直そうというわけだ。森谷真理がタイトルロールを歌う。

左:加耒 徹(シェーン博士)


左:前川健生(アルヴァ)

 それを表現するのが、舞台上にルルの二つの分身を置くというアイディア。ルルの傍らには、男たちの欲望の対象としてのルルを表すマネキン人形群、そしてルルの内面を表すダンサー(中村蓉)がいつも併存している、というわけなのだ。第2幕ではシェーン邸の内部が小部屋に仕切られ、ルルに思いを寄せる登場人物たちが、それぞれ自分の欲望を反映したマネキンと一緒に収まっている。

 映像作家・上田大樹によるプロジェクションの扱いも秀逸だ。痛々しいまでに大写しされた裸のマネキンは、大衆の視線にさらされて、無数の欲望を投影される身体へと分裂していくのだ。

左より:高田正人(公爵)、畠山 茂(劇場支配人) 、前川健生(アルヴァ)、森谷真理(ルル)、加耒 徹(シェーン博士)、郷家暁子(劇場の衣裳係)、中村 蓉(ソロダンサー)

 そうした数々の仕掛けが生きたのは、何と言っても森谷真理の歌唱が圧倒的だったからだろう。そのパワーは弱音や低音ではコントロールの効いた安定感となり、ハイトーンやフォルテでは重みのある輝かしさを帯びる。そして表向きは力強いこの“魔性の女”の陰には、いつも力なく弱々しいルルの自我(中村)が影のように寄り添い、受け入れがたい現実に目を閉じて、体を丸めている。

 《ルル》の第2幕を書いたところでベルクは亡くなった。第3幕を補筆した版もあるが、今回は「ルル組曲」からの抜粋をエンディングとして用い、震えるルルの自我が解放され、歌うルルと一つになった。一筋の光明をもたらす結末だったと思う。森谷は昨年7月の「東京二期会スペシャル・オペラ・ガラ・コンサート『希望よ、来たれ!』」でも、中村とのコンビでルルを歌っており、今回のゲネプロでも息のあったところが見られた。本番も期待できそうだ。

左より:郷家暁子(ギムナジウムの学生)、森谷真理(ルル)、北川辰彦(力業師)、山下浩司(シゴルヒ)

中央:高田正人(従僕)


 グルーバーは“魔性の女”という旧来のイメージを崩すべく、意図を丁寧に歌手に説明したというが、説教臭い舞台にならないか、という点は事前にやや懸念していた。しかし作品のテイストを尊重しながら、そこにルル自身の視野を加えていくというアプローチには、杞憂という以上に、良い演出は作品の幅を広げるのだ、と改めて得心させられた次第だ。

 男性歌唱陣も充実している。シェーン役の加耒徹は代役だが、スケールの大きな歌唱で新境地を開いている。高野二郎(画家)、前川健生(アルヴァ)、山下浩司(シゴルヒ)らも活きのよさをみせていた。ディスタンスを取りながらの歌唱では一体感が作りにくいが、錬成された舞台は彼らの努力のたまものだろう。


右:増田弥生(ゲシュヴィッツ伯爵令嬢)

 指揮のマキシム・パスカルは長身で、タクトを振る姿もスマートだ。二期会には2019年の《金閣寺》でデビュー。コロナ禍ではいち早く来日した指揮者でもあり、今年1月の二期会《サムソンとデリラ》でも、ピンチヒッターとして公演成功の原動力となった。東京フィルハーモニー交響楽団との意思疎通もうまくいっているようで、音楽は流麗に進み、ベルクの持ち味である抒情的な味わいを堪能させてくれた。彼のスタイルは演出にも合っていたと思う。

 《ルル》はオケの編成が巨大なことでも知られるが、今回はディスタンスもあってか、打楽器など一部はピットに入りきらず、舞台裾に配置されていた。ここらへんにも、上演にこぎつけた関係者一同の執念を感じた。





【Information】
東京二期会オペラ劇場《ルル》(新制作)

2021.8/28(土) 17:00、8/29(日)14:00、8/31(火)14:00
新宿文化センター

演出:カロリーネ・グルーバー
指揮:マキシム・パスカル
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

出演
ルル:森谷真理(8/28, 8/31) 冨平安希子(8/29)
ゲシュヴィッツ伯爵令嬢:増田弥生(8/28, 8/31) 川合ひとみ(8/29)
劇場の衣裳係、ギムナジウムの学生:郷家暁子(8/28, 8/31) 杉山由紀(8/29)
医事顧問:加賀清孝(全日)
画家:高野二郎(8/28, 8/31) 大川信之(8/29)
シェーン博士:加耒 徹(8/28, 8/31) 小森輝彦(8/29)
アルヴァ:前川健生(8/28, 8/31) 山本耕平(8/29)
シゴルヒ:山下浩司(8/28, 8/31) 狩野賢一(8/29)
猛獣使い、力業師:北川辰彦(8/28, 8/31) 小林啓倫(8/29)
公爵、従僕:高田正人(8/28, 8/31) 高柳 圭(8/29)
劇場支配人:畠山 茂(8/28, 8/31) 倉本晋児(8/29)
ソロダンサー:中村 蓉(全日)

問:二期会チケットセンター03-3796-1831
http://www.nikikai.net/lineup/lulu2020/