《エロディアード》~マスネの傑作をセミ・ステージ形式で

 ノルマとアダルジーザの二重唱が佳境に入り、2人が歌で手を取り合うころには、それまでしっかり握りしめていた手が、自然にゆるんでいくのに気づく。《ノルマ》は、ノルマという女性が苦悩し、自己犠牲に至るオペラだが、それだけじゃなかった。裏切った男が改心するオペラであり、何より恋敵になってしまった2人の女声が心を開き、和解するオペラでもある。

 セミ・ステージ形式による上演は、オペラを「知る」ためのやり方ではあるのだけれど、2018年に東京二期会が上演した《ノルマ》は、それにとどまらなかった。第2幕のノルマの家で、二重唱が「いつまでも変わらぬ友」と、ノルマとアダルジーザの友情へ進んだ時に、思わずゆるんだ手が、「知る」以上を証明している。セミ・ステージ形式上演は、なるほど《ノルマ》ってこういうオペラかと「知る」だけでなく、《ノルマ》というオペラの持つ力に、心が動くやり方でもあった。このオペラを初めて聴く人は、「知った」に違いないが、すでに聴いたことのある人は、そして初めての人も、「知る」以上の体験をしたことになる。

2018年3月公演東京二期会コンチェルタンテ・シリーズ《ノルマ》より

 いま、オペラのセミ・ステージ形式上演は、新しいジャンルに成長しつつある。
 理由ははっきりしている。最新のオペラ上演がますます演劇的要素を強めているからだ。演奏によるだけでなく、演出によって、オペラの上演は先鋭な、演劇かつ上演に向っている。のんびりと歌を楽しめる昔風の上演がいいな、と思う人だって多いのだが、いまさら時代遅れの、歌の品評会みたいな上演に戻すわけにはいかない。そこで演奏会形式が注目されることになった。

 演劇的上演のきっかけのひとつだった字幕が、今度はセミ・ステージ形式上演の後押しをしている。2人の男女が立って客席を向いたまま「愛してる」と歌っても、舞台上演なら陳腐に感じられるが、セミ・ステージ形式なら大丈夫だ。もちろんその分歌手の力量が試されるが、それこそ望むところだ―というオペラ―ファンも、そして歌手もいるはずだ。

 さらに映像の巧妙な使用が、セミ・ステージ形式上演の隆盛に、拍車をかける。大衆的な使用が舞台上演との境界をわからなくするような事態もあるのだが、それもまだこのやり方が独自のジャンルの確立に向けて、成長している証なのだろう。

2018年3月公演東京二期会コンチェルタンテ・シリーズ《ノルマ》より

 

 さて《ノルマ》に続く東京二期会のセミ・ステージ形式上演は、マスネの《エロディアード》だ。《マノン》や《ウェルテル》でオペラ・ファンなら親しんでいるマスネの傑作なのに、日本はもちろん、世界でも上演される機会はずっと少ない。聖書の時代を舞台にした、サロメとジャン(=ヨハネ)の愛という、19世紀には大流行したエキゾティックな物語が、ちょっと遠くなっているからだろう。つまり「知る」対象としてもってこいなのだ。しかも内容はオペラの名人マスネの傑作と認められている。ほとんどのオペラ・ファンが初めての人として「知る」と同時に、「楽しむ」こともできるというもの。


 現在の二期会の歌手たちについては、お聴きいただければわかる、というにとどめる。エロディアードの激しいアリアにサロメの憧れと苦悩の歌、ジャンの毅然とした声に期待しよう。だが指揮者については、期待はより明確になる。ミシェル・プラッソンこそ、望み得る最高の、マスネのオペラのための指揮者だ。まちがいなく歌手たちの歌の造型がうまくいくだろうし、マスネの幻惑的な管弦楽の響きを実現させるはずだ。
 《エロディアード》の耽美世界に、心ゆくまで浸れるのを心待ちにしよう。
文:堀内 修


【公演情報】
東京二期会コンチェルタンテ・シリーズ
《エロディアード》(新制作/セミ・ステージ形式上演)

2019年4月27日(土)17:00、4月28日(日)14:00
Bunkamuraオーチャードホール

原作:ギュスターヴ・フロベール『三つの物語』
台本:ポール・ミーリエおよびアンリ・グレモン
作曲:ジュール・マスネ

舞台構成:菊池裕美子
映像:栗山聡之
照明:大島祐夫
舞台監督:幸泉浩司

合唱:二期会合唱団
指揮:ミシェル・プラッソン
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

●配役(4月27日/28日)
ジャン:城 宏憲/渡邉公威
エロデ:小森輝彦/桝 貴志
ファニュエル:妻屋秀和/北川辰彦
ヴィテリウス:小林啓倫/藪内俊弥
大祭司:倉本晋児/水島正樹
寺院内からの声:前川健生/吉田 連
サロメ:髙橋絵理/國光ともこ
エロディアード:板波利加/池田香織
バビロニアの娘:金見美佳/徳山奈奈

●ご予約・お問合せ
二期会チケットセンター:03-3796-1831

東京二期会
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