【ゲネプロレポート】日本オペラ協会創立60周年記念公演 《静と義経》

なかにし礼台本による愛のオペラが新たに蘇る

 日本オペラ協会が創立60周年記念公演として、なかにし礼作・台本、三木稔作曲のオペラ《静と義経》を上演する。この作品は、1993年に鎌倉芸術館の開館記念委嘱作品として作られ、なかにし礼の演出で初演されたもの。25年ぶりに実現する待望の再演のゲネプロ(最終総稽古)を取材した。
(2019.2/28、3/1 新宿文化センター 取材・文:室田尚子 Photo:Lasp Inc.)

左より佐藤忠信(江原 実)、片岡経春(下瀬太郎)、伊勢三郎(川久保博史)、弁慶(泉 良平)、義経(中井亮一)、静(坂口裕子)

 《静と義経》は、能や歌舞伎でもおなじみの、源義経と静御前の悲劇的な運命を描いた作品。オペラは、義経一行が、兄・頼朝に追われて逃げ込んだ雪の吉野山の場面から始まる。義経の愛妾である白拍子の静御前は、奥州へ向かう義経についていきたい、離れるくらいならいっそ死にたいと願う。しかし、静のお腹に義経の子を宿していることを知った義経に、都へ戻って無事に子供を産んで欲しいと諭され、泣く泣く別れを決意。二人は二重唱〈生きてふたたび〉を歌う。だが、義経たちと別れた後、案内人たちが静を陵辱し、義経から託された財宝も奪われてしまう。

静(沢崎恵美)と義経(中鉢 聡)

静(沢崎恵美)

 こうして頼朝の住む鎌倉に連れてこられた静は、頼朝や妻・政子の前で舞を舞うが、そこに義経への強い思いが現れていたために頼朝は激怒。生まれた子供が若君(男の子)ならば殺すことを告げられる。
 果たして、静が産んだ子は若君だった。死にゆく子供を思って、静が歌う〈子守唄〉が悲しく響くと、そこに炎に包まれる義経と弁慶の幻が現れる。母の磯の禅師は〈静、都へ帰りましょう〉を歌うが、静は義経を待つか、死ぬかだと言って断る。

左より頼朝(森口賢二、上段右から二人目)の前で舞う静(坂口裕子)

下段左より藤次の妻(きのしたひろこ)、堀ノ藤次(立花敏弘)、静(坂口裕子)
上段左より片岡経春(下瀬太郎)、伊勢三郎(川久保博史)、弁慶(泉 良平)、義経(中井亮一)

 義経の首が収められたひつぎを前に、頼朝が「悪は滅んだ」というと、家来たちは「悪とは何か」と問いかける。そこに頼朝の娘・大姫が死んだという知らせがもたらされて頼朝は涙を流し、自らの孤独な境遇を嘲笑う。義経の首を前に、静は愛する人と共に暮らす常春の国に思いを寄せながら、胸に短剣を突き刺す・・・。

 白拍子とは、平安時代末期から鎌倉時代にもてはやされた男装した女性の芸人で、踊り手であると同時に遊女でもあった。静の母である磯の禅師は「白拍子は受け継いだ芸によって一人で生きていくことができる」というような内容を歌うが、美しく見識もあった白拍子は時に貴族の男性に愛されることもあった。つまり、静は、《椿姫》のヴィオレッタの日本版ともいえるのだ。芸に秀で、美しく賢い女性が、しかし歴史や時代の渦に翻弄されていく悲劇は、洋の東西を問わず人々の心を打つ。

静(坂口裕子)

胸に短剣を突き立てる静(坂口裕子)

 馬場紀雄の演出は奇を衒うことのない非常にオーソドックスなもの。シンプルな装置の中、照明で各場面を幻想的に浮かび上がらせる。実は今回、初演の演出も手がけた作・台本のなかにし礼が監修として加わっており、舞台のすみずみに至るまで作品の世界観が具現化しているのは、やはりなかにしの功績も大きいのだろう。

 台本はわかりやすい日本語で書かれており、出演者の発声が美しいので、音としてもたいへんに聴き取りやすい。舞台の左右に字幕はつくが、それを見なくても充分によくわかる。おそらく、どの歌手も、日本語歌唱はかなり徹底的にトレーニングしたのではないだろうか。
出演者はダブルキャスト。静を坂口裕子と沢崎恵美、義経を中井亮一と中鉢聡、弁慶を泉良平と豊嶋祐壹が演じる。いくつもの心に残るアリアがあり、また、各登場人物がそれぞれの立場で思いを吐露する重唱のシーンも聴きごたえ充分だ。和楽器も加わったオーケストラは東京フィルハーモニー交響楽団。田中祐子の指揮は、繊細さとドラマティックさのバランス配分がよく、各シーンをうまくまとめ上げていく。
 
 美しい衣裳に踊りもふんだんに盛り込まれた舞台。「これぞ日本のオペラ」といえる仕上がりになっている。大規模なグランドオペラなので、今回を見逃すと次にいつ観ることができるかわからない作品だ。ぜひ足を運んでその眼と耳で体験していただきたい。

左より弁慶(泉良平)、義経(中井亮一)、静(坂口裕子)


日本オペラ協会創立60周年記念公演
《静と義経》(新制作)

2019.3/2(土)、3/3(日)14:00
新宿文化センター 大ホール

総監督:郡 愛子
監修:なかにし礼

指揮:田中祐子
演出:馬場紀雄


●キャスト
静:坂口裕子(3/2) 沢崎恵美(3/3)
義経:中井亮一(3/2) 中鉢 聡(3/3)
頼朝:森口賢二(3/2) 清水良一(3/3)
弁慶:泉 良平(3/2) 豊嶋祐壹(3/3)
磯の禅師:向野由美子(3/2) 上田由紀子(3/3)
政子:家田紀子(3/2) 東城弥恵(3/3)
大姫:楠野麻衣(3/2) 鈴木美也子(3/3)
梶原景時:持木 弘(3/2) 角田 和弘(3/3)
和田義盛:松浦 健(3/2) 納谷善郎(3/3)
大江広元:三浦克次(3/2) 中村 靖(3/3)
佐藤忠信:江原 実(3/2) 和下田大典(3/3)
伊勢三郎:川久保博史(3/2) 井出 司(3/3)
片岡経春:下瀬 太郎(3/2) 井上白葉(3/3)
安達清経:鳴海優一(3/2) 塚田堂琉(3/3)
堀ノ藤次:立花 敏弘(3/2) 岡山 肇(3/3)
藤次の妻:きのした ひろこ(3/2) 二渡加津子(3/3)

白拍子:稲葉美保子 小林未奈子 白神晴代 中川悠子 中ノ森怜佳 古澤真紀子 増田 弓 松山美帆

合唱:日本オペラ協会合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

問:日本オペラ振興会チケットセンター03-6721-0874
https://www.e-tix.jp/opera/jofonline.html#1903_shizuka