【ロングインタビュー】鈴木幸一(東京・春・音楽祭実行委員長)Vol.3

 クラシック音楽好きが高じて、私財をつぎこみ音楽祭を企画した男がいる。鈴木幸一、69歳。早くから海外に研究に出かけ、国内インターネットサービスの草分けとして1993年、株式会社インターネットイニシアティブ(IIJ)を起ち上げた。後に続くネット企業の草分けとして道を切り開いた、インターネット業界の第一人者だ(現在は会長)。

 世界には多くの音楽祭があるが、個人が自費で始めた音楽祭は希だ。去る3月16日に開幕した東京・春・音楽祭(東京春祭)は、いまや上野の春の風物詩となっている。
(聞き手・構成:ぶらあぼ編集部 写真:M.Terashi & M.Otsuka/Tokyo MDE)

◆ハイレゾでのライブストリーミング配信

 鈴木が会長を務めるIIJのインターネット技術の強みを活かし、2013年から東京春祭公演の一部ライブ配信も始めた。配信は映像と、昨年からはDSDハイレゾで行い、今年も4月3日の「東京春祭マラソン・コンサート vol.6 Variations (変奏)−変容する音楽」と4月9日の「ベルリン・フィルのメンバーによる室内楽」で行うことが発表されている。また、4月には、ベルリン・フィルとIIJとの共同事業を始めるにあたり、会見も行うことが決まっている。同団メディア部門有限会社の代表として、ベルリン・フィルの映像配信サービスである「デジタル・コンサートホール」の責任者を務めるソロ・チェロ奏者のオラフ・マニンガーらが出席する。オラフ・マニンガーは「ベルリン・フィルのメンバーによる室内楽」にも出演する。
 

 

 

昨年、 「東京春祭マラソン・コンサートvol.5《古典派》〜楽都ウィーンの音楽家たち」(4/5:東京文化会館・小ホール)および、「東京春祭合唱の芸術vol.2ベルリオーズ《レクイエム》」(4/12:東京文化会館・大ホール)については、ハイレゾ音源(DSD5.6MHz)でのオンデマンド配信も行った

昨年、 「東京春祭マラソン・コンサートvol.5《古典派》〜楽都ウィーンの音楽家たち」(4/5:東京文化会館・小ホール)および、「東京春祭合唱の芸術vol.2ベルリオーズ《レクイエム》」(4/12:東京文化会館・大ホール)については、ハイレゾ音源(DSD5.6MHz)でのオンデマンド配信も行った

(C) Jim Rakete

(C) Jim Rakete

 「昨年8月、サイモン・ラトル指揮の新シーズンのオープニング・コンサートを聴く機会があった。曲はショスタコーヴィチの交響曲第4番。そのときのコンサートマスターが、素晴らしかった。後で調べたら、2014年にコンサートマスターに就任したばかりのノア・ベンディックス=バルグリーだった。それで、マニンガーさんに、あのコンマスを連れて日本に来てほしいとお願いしたら、トリオで来てくれることになった。マニンガーさんは話も面白いし、壁塗り職人の息子だったそうで、美男子で俳優もケーキ屋もやっていたという変わった経歴だとか」

◆生の音はなくならない

 それにしても、インターネットの会社を起ち上げて、インターネットの革新的な発展のおかげで、誰もが手軽にいろいろな音楽を自宅にいながらにして聴けるようになった現代、生の音による音楽祭を主宰するのは対照的な行為だが、それについて鈴木はこう語る。
 「生の音楽はなくならないと思う。演奏会は、音が鳴り始めて、音が消えるまでの時間。それはもう二度と生まれないもの。音が鳴っているときの感動と、静寂が戻ったあとの思いは、記憶に頼るほかない。音楽も、今は複製の技術があって、なんどでも繰り返し聴くことができるとはいえ、生で聴き、眺める演奏は、その間の時間だけで消えてしまう。なんどでも繰り返し見直したり、読み返したりできる絵画や文学など、他の芸術とは違う。その日常の時間の延長とは切り離された時間を経験することで、なにかが変わることも多いと思う。
 複製芸術は、ラジオならAMからFMへ、ディスクならSPからLP、そしてCDへと、技術の進展で絶えず変わってきた。今度はインターネットの普及によって、ネット経由で、膨大なコンテンツを安価で聴けるようになっている。世代によって、違った形で音楽に触れてきた。私のようにアナログ音源で育った人間とデジタル音源で育った人間は、どこかしら、自ずと違った感性が身についている。SPで聴くと音が柔らかいし、人の心が和らぐといっても、若い人ならノイズや歪が気になって聴けたものではないかも知れない。私などの世代にとっては、CDはとてもきれいな音だし、使い勝手もいいけれど、それはデジタルによる複製芸術で、デジタル化するとき、多くの情報を捨てざるを得ない。そんなことで、CDしか聴いたことのない若い人がLPを聴きだしたら感動するかもしれない。CDでは味わうことができなかった音楽に聴こえてくるかもしれない」
 ベトナム戦争の世代ということもあって、鈴木はインターネットの登場によって、情報の受発信の構造を変えたいという意識もあったという。コンピューター技術を使うことで、草の根から発信でき、それまでの社会での情報の発信者と受け手の構造が簡単に変えられるだろうと、そんなことも考えた。しかし、インターネットの発展がここまで来ると、「究極の分散は、究極の集中」といった方向に行き始めていると言う。
 「テロがここまで脅威になると、すべての個人情報管理を徹底しないと安全ではなくなるとか。医療に適用すれば、開業医がどういう薬を出したかというような医療情報をビッグデータで管理できると、よけいな薬を出さなくなるはずだとか、もうちょっとAI化が進んで共有できると個々人の生命に関する情報や医療的な反応まで、デジタル化することで予見ができるようになる。良し悪しはあるが、そういう方向に進まざるを得ない。でも、そういうことがある閾値を超えるとどうなのかなあ、ある意味で、現代音楽が置かれた状況に近いとも言えるけど、まったく違う話かもしれない」

vol.4に続く

鈴木幸一(東京・春・音楽祭 実行委員長/株式会社インターネットイニシアティブ 代表取締役会長)

鈴木幸一(東京・春・音楽祭 実行委員長/株式会社インターネットイニシアティブ 代表取締役会長)

●【ロングインタビュー】鈴木幸一(東京・春・音楽祭実行委員長)Vol.1
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●【ロングインタビュー】鈴木幸一(東京・春・音楽祭実行委員長)Vol.2
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