アレクサンダー・ガヴリリュク(ピアノ)

©Mika Bovan

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 アレクサンダー・ガヴリリュクは、来日のたびに必ず聴いておきたいと思うピアニストだ。1984年ウクライナ生まれ。日本では2000年の浜松コンクール優勝以来知られ、05年ルービンシュタインコンクール優勝で国際的な活動を広げた。
 今年のリサイタルの前半では、シューベルトとショパンを取り上げる。
「シューベルトのソナタ第13番は優しさと喜びにあふれる作品です。1楽章は子供の純真な心を表すよう。2楽章は哲学的で、例えるなら子供に捧げる祈り、そして3楽章は人生への謳歌です。一方、ショパンの『幻想曲』は悲劇的な色あいの濃い作品。苦悩からはい出ようと光を求める…そんな人間の心の奥にある感情が表現されています。そして、探し求める愛を見つけたかのような『夜想曲』、音の“行間”で心臓の鼓動のようなリズムを表現し、ポーランドの誇りを表した『英雄ポロネーズ』へと続きます」
 大きな感情のコントラストを持つ前半の後は、ムソルグスキー「展覧会の絵」へ。10年程前の来日公演で弾いている他、13年に録音もしたレパートリーだ。
「『展覧会の絵』はロシアのピアノ芸術の最も偉大な作品の一つです。ムソルグスキーにとってハルトマンの絵は、愛するロシア文化の象徴でした。絵が音で表された“音の劇場”です」
 すでにリリースされている録音には、作曲家への共感が滲むような、さまざまな情感渦巻く音楽が収められている。
「彼の作品は強い魂を持っています。音楽が感情を表に出す唯一の手段だったのでしょう。アルコール中毒という健康の問題も抱える中、自身の苦悩やロシアの民衆の苦しみを、作品を通して描きました。『展覧会の絵』もその一つです」
 ガヴリリュクは作品によって多彩な音を鳴らし、スケールの大きな音楽で聴く者を圧倒する。その表現はいかにして実現されるのだろうか。
「自分と作曲家が“融合”すること、音楽の自然な流れに乗ることが大切です。演劇の世界で言われるスタニスラフスキー・システムと似ています。作品に感情を入れ込みながらも、流れを変えたり妨げたりしてはいけません」
 年を重ねて音楽も変化しているというが、中でも影響を与えられているのは、2人の娘の存在だという。
「我々は日々の生活の中で子供の純真さを忘れがちですが、それを思い出させてくれます。エゴイストにならないこと、思い込みで納得しないことが大切なのだと。また娘たちのおかげで、より真摯な気持ちで音楽に向き合えるようになりました」
 日本のピアノ好きの中には、浜松コンクール当時から注目し、音楽家としての成熟を見守っている方も多いだろう。今回もまた一歩深まった音楽を聴かせてくれそうだ。
取材・文:高坂はる香
(ぶらあぼ + Danza inside 2016年7月号から)

7/14(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
問:ジャパン・アーツぴあ03-5774-3040
http://www.japanarts.co.jp
他公演
7/10(日)Bunkamuraオーチャードホール(N響オーチャード定期)(03-3477-9999)
7/12(火)ヤマハホール(03-3572-3171)
7/16(土)彩の国さいたま芸術劇場 音楽ホール(0570-064-939)

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