株式会社日建設計 執行役員 茅野秀真氏
同社 設計部門 白井大之氏
同社 設計部門 鈴木健悦氏
株式会社ヤマハファシリティマネジメント
中島直樹
中島:チェコの名建築家、アントニン・レーモンドの設計による旧ヤマハ銀座ビルは、約半世紀にわたってヤマハの象徴であり続けたビルでした。多くの人に愛された旧銀座ビルに代わって、新しいヤマハ銀座ビルを建てるにあたり、私たちが考えたのは「現在のヤマハ」そして「これからのヤマハ」を、建物としてどう表現するかということでした。ではヤマハらしさとは何か。
一つは建物自体で「音・音楽を感じさせる」ということです。一流ブランドショップが建ち並ぶ銀座の街で、ヤマハのアイデンティティーを強く印象づけるにはヤマハの主要な事業領域である”音・音楽”を建物で視覚的に表現する必要があると考えました。
茅野:もう一つは、ヤマハの企業イメージとして、「伝統と革新」を併せ持つことです。長年の楽器づくりで培った「技術と伝統」、同時に演奏者や聴く人を驚かせるような斬新なアイデアに溢れた楽器を作り出す「革新性」の両面を持っています。「伝統」と「革新」を融合した創造的なパワーが感じること。それをテーマとしました。
白井:まず、”音・音楽”の視覚化ですが、音楽の要素である”リズム、揺らぎ、移ろい”などの時間的な変化を、”波やきらめき”といった自然の中に見出し、金箔合わせガラスに濃淡を付けた4種類のガラスをランダムに配置し、下から上に舞い上がるような、大きく波打つようなグラデーションパターンで、音楽を表現しています。
「建築とは凍れる音楽である」 空間芸術の中に時間芸術を表現
白井:「建築とは凍れる音楽である」という、ゲーテによる有名な言葉もあるほど、音楽と建築は似た部分が多い。ただし大きく違うのは、建築が空間芸術なのに対し、音楽が時間芸術である点です。空間に時間の芸術要素を取り入ることで、建物に音楽が持つ表現ができればと考えました。その最たるものが、外装の全面ガラスによるカーテンウォールです。
茅野:ガラスのカーテンウォールが外光を映し出し、時間の経過と共にその表情を刻々と変えていきます。印象派の画家、モネの連作”ルーアン大聖堂”をモチーフにしました。同じ構図の大聖堂をさまざまな時間帯ごとに描き分けた全33枚からなる作品群は、時間の経過による光の移ろいと大聖堂の表情の変化を捉えているのです。
中島:そして、昼と夜ではまったく異なる表情を見せるのも特徴です。昼はガラス張りの外観が現代的な印象を与えますが、夕方から夜になるにつれてその姿は変貌し、内部の木質でクラシックな温かい空間がガラス越しに浮かび上がります。”伝統と革新の融合”による美、時間とともに変化する金の外観と木の絶妙なバランス。その移ろう姿を、時間芸術である音楽に見立てました。
ビル正面のカーテンウォールが醸す建物の動感、ヤマハの革新性
全面ガラスのカーテンウォールを採用した理由は、ガラス張りの外装を通して、楽器店舗やそのイベント空間、音楽教室のロビー、ヤマハホールのホワイエといった内部施設を透けて見せるようにするためです。ヤマハならではの「音楽の空間」を外に向けて表現することは、これからのヤマハビル建設のテーマでもあり、浜松店ビルでも同じように考えました。また、ヤマハの歴史の中に木との深い関係があります。内装には楽器に使用されている木材を使い、ガラスを通して表出する様子は、建物そのものが楽器の入ったショーケースのようなイメージを喚起させます。
白井:壁面のガラスは950ミリ×950ミリのサイズで、総計1435枚を使用しています。大量のガラスを支えながらも、ビル内部を見せるために余計なフレームは極力排除したい。そのために採用したのが「ケーブルグリッド工法(テニスラケットのガット同様、縦横に張られたケーブルで構成されるシステム)」です。直径20ミリ以下のケーブルとその交点の金具だけでガラスを支えています。フレーム類を使いませんので、軽やかにガラスを支えている洗練されたイメージが表現できたと思います。ガラスの斜め部分に使用したケーブルは約780メートル、1、2階部分に44メートル。ケーブルグリッドでこれだけ大規模に、しかも斜めグリッドを用いた例は、世界でもあまり類がないでしょう。
伝統工芸と先端技術が融合した「金箔合わせガラス」と「ケーブルグリット工法」
茅野:ガラスはそのまま使うと青みのあるクールなトーンになりますが、ヤマハ銀座ビルでは日本の伝統的な美意識を感じさせる金箔を挟み込んだ「金箔合わせガラス」を使用し、暖かみのある色を出しました。このガラスは、金沢の金箔職人により金箔を細かくした砂子(すなこ)が蒔かれており、一枚一枚手仕事で作り上げた工芸品です。「和」の美しさを表現すると同時に、卓抜した匠の技による「伝統」をシンボライズしていると言えるでしょう。
白井:金箔はガラスによって濃淡を変えました。微妙な濃淡の金のグラデーションで、音楽におけるリズムの揺らぎや音の波といった要素も表現しているのです。また、ガラスは45度の斜め格子状に設置。通常の建築物なら水平・垂直で使うところをあえて斜めという斬新な要素を持ち込むことで、ビルの外装に動感を与え、常に新しいことに挑戦するヤマハの「革新性」も示すことができたと考えています。
中島:最終的に私たちが目指したものは、ヤマハの世界の顔として、今後50年経っても良いビルだと言われるもの、時代の流行に囚われない普遍的な価値を追求した建物です。楽器のように使い込むにつれ愛着がわくような、長くこの銀座の街と人に愛される建物にしたいとの想いで造り上げました。