ロシア革命100年 ミハイル・プレトニョフが贈る
ミハイル・プレトニョフがお届けする10月の定期演奏会。10月22日・23日の演奏会では、19世紀から20世紀初頭にロシア、ユーラシアの大地に響いていたロシア民話やユーラシアの民謡から編み出された音楽をお届けします。マエストロ・プレトニョフが「幼い頃からよく耳にしていた音楽」と話す、ロシアの人々の心の音楽がずらり。ここでは、ロシア民話の発展の歴史と、演奏会の後半にお届けするリムスキー=コルサコフの民話オペラのあらすじをご紹介しましょう。
ロシア民話の重要人物、
民俗学者アファナーシェフと絵本作家ビリービン
長い冬を過ごすロシアの人々にとって、冬の間の大きな楽しみは暖かな家の中で家族と楽しむ民話や民謡でした。多くは口承で伝えられた昔ばなし。19世紀ロシアの作曲家たちは、そうして伝えられた民間伝承を元に数々の音楽を作曲しました。
ロシア民話発展の立役者には、口承の民話を収集してまとめた民俗学者アレクサンドル・アファナーシェフ(1826-1871)と、それらをテーマに多くの作品を描いた画家イワン・ビリービン(1876-1942)の名があげられるでしょう。ビリービンはリムスキー=コルサコフのオペラや、ディアギレフのロシア・バレエ団の舞台デザインなども手がけています。優れたクリエイターたちがこぞってロシア独自の文化を花開かせようと奮闘していた時代でした。
ビリービンはまた、当時ヨーロッパで流行していたジャポニズムにも強い関心を持ち、葛飾北斎からも強い影響を受けています。『皇帝サルタンの物語』に寄せられた挿絵「樽に入れられて流される妃と王子」は、『冨嶽三十六景』の「神奈川沖浪裏(かながわおき・なみうら)」からの影響が指摘されています。
リムスキー=コルサコフのロシア民話オペラの世界
1.歌劇『雪娘』
雪娘はロシア語で「スネグーラチカ」。”ロシアのサンタクロース”ことジェド・マロースの娘(お供の少女や孫とも)で、ロシアで最も知られたおとぎ話のキャラクターのひとりです。
リムスキー=コルサコフの本作は、<秋のおとぎ話>こと『不死身のカッシェイ』(⇒関連記事)に対して<春のおとぎ話>とよばれます。
主人公の雪娘:スネグーラチカ(オペラではソプラノ)は、氷の翁マロース(バリトン)と春の精(メゾ・ソプラノ)の間に生まれた、美しくも愛の心を知らない少女。仇敵・マロースと春の精の結婚を喜ばない太陽の神ヤリーロは、人間世界ベレンディ国を一年中寒さに覆われた場所にしてしまいます。
マロースと春の精はヤリーロの怒りから雪娘を守るため、彼女を人間世界に預けます。ある日雪娘は、謝肉祭の日に歌のうまい羊飼いのレーリ(アルト)に出会い、心惹かれます……。
組曲では、以下の4つのシーンから演奏されます。
第1曲「序奏」:オペラのプロローグ。春の到来と自然の目覚め、鳥の囀り。
第2曲「鳥たちの踊り」:プロローグ中の鳥の歌と踊りの場面。
第3曲「皇帝の行進」:ベレンディ国皇帝一行の風変わりな行進曲。
第4曲「旅芸人たちの踊り」:第3幕の宴の場面で踊られる活気溢れる舞曲。
2. 歌劇『見えざる町キーテジと聖女フェヴローニャの物語』
タタールに侵攻された際に、姿を消して「見えない町」となって難を逃れたロシアの伝説の町キーテジと、敬虔な女性フェヴローニャによる救済の伝説を扱った宗教的・神秘的なオペラ。<ロシアの『パルジファル』>とも呼ばれます。組曲は、リムスキー=コルサコフの弟子のシテーインベルクによって編まれました。
森の中でつつましく暮らす乙女フェヴローニャ(ソプラノ)と、森に迷い込んだキーテジの王子フセーヴォロド(テノール)の出会いから物語は始まり、町の人々、王子の侍従たち、神の使いの不思議な鳥たちなど登場人物も多く、人間の苦悩と神聖なるものとの対比の中でもがく人々の様子がドラマティックに描かれています。
第1曲「前奏曲:自然への讃歌」は森の情景を描く第1幕の序奏。ワーグナーの「森のささやき」を思わせる曲。
第2曲「婚礼の行列~タタールの侵攻」:キーテジの公子に見初められたフェヴローニャが婚礼に向かう行列の音楽から、タタール人の急襲を描き、そのまま第3曲「ケルジェネツの戦い」(第3幕第2場への間奏曲)のスリリングな音楽に突入します。
第4曲「フェヴローニャの昇天と見えざる町への道」は、第1場で疲れて動けなくなったフェヴローニャが聖化される場面の音楽に始まり、見えざる都への行程である第2場への間奏曲を中心に再編したもので、彼女の昇天と天の都での公子との婚礼を描きます。
3. 歌劇『皇帝サルタンの物語』
ロシアの大詩人アレクサンドル・プーシキン(1799-1837)の生誕100年を祝い、プーシキンの詩をもとに作られた4幕のオペラ。あるところに3人の姉妹がいました。3人はある晩、窓辺で糸を紡ぎながらおしゃべりをしています。
長女「私が皇帝のお妃になれたら、世界中の人のために宴会をしたくしてあげるんだけどなあ」
次女「私が皇帝のお妃になれたら、世界中のキリスト教徒に服地を織ってあげるわ」
三女「私が皇帝のお妃になれたら、夫のために立派な男の子を生んであげるでしょう」
この話を、たまたま通りがかった王様が物陰でこっそり聞いていました。
皇帝は娘達の前に出ていって、驚く娘たちにこう言います。「その話、気に入った! 末娘を妃にしよう。上の二人も妹についてきて、給仕女と機織女として仕えるといい」・・・
かくして末の娘(ソプラノ)は妃に迎えられますが、皇帝はすぐに戦争へ。皇帝の留守中に妃は王子を産みますが、面白くない二人の姉(メゾ・ソプラノ/ソプラノ)は「妃が産んだのは怪物だ」と皇帝に手紙を書き送り、廷臣たちとともに妃と王子を樽に入れて海に投げ入れてしまいます。
波間を漂った母子は無人島(ブヤンの島)に漂着。(赤ん坊だった王子は漂流中にみるみる成長し、立派な青年となって無人島に降り立ちます)。そこで王子(テノール)は、鷹に狙われた白鳥(ソプラノ)――実は不思議な力をもった美しい姫の変身した姿――を助けます。
王子と魔法の姫の活躍、次々に起こる魔法の島の不思議な出来事に助けられ、やがて島を訪れた皇帝はそこで妻と息子に再会し、息子の妻となった白鳥の姫を紹介されます。それを見た姉たちは非を認め、許しを乞います。こうして全員が皇帝サルタンとの再会を祝う祝宴につき、大団円を迎えます。
組曲はオペラ中の3つの前奏曲を取り出したもの。3曲ともトランペットのファンファーレで開始されます。(有名な『くまんばちの飛行』は、このオペラの中の1シーンですが、組曲には入っていません)
第1曲:第1幕の前奏曲。戦に旅立つ皇帝の別れと出発を描く行進曲。
第2曲:第2幕の前奏曲。樽に入れられて海に流された妃と王子を描きます。
第3曲:第4幕2場への前奏曲。ファンファーレ(途中で何度も回帰)に続く魔法の島の情景の描写の後、島の“3つの奇蹟”—— “歌う栗鼠”、“33人の勇士”、“白鳥の王女”——が描かれます。
4. 「音の細密画家」リャードフの作品も
演奏会の前半には、叙情性や色彩感あふれる作品を数多く残し、「音の細密画家」とも呼ばれたリムスキー=コルサコフの弟子、リャードフの交響詩も演奏されます。「キキーモラ」や「バーバ・ヤガー」もまた、ロシアの民間伝承に登場するキャラクター。個性たっぷりのキャラクターたちが、どんなふうにロシアの人びとの心に息づき、愛されているのかを思い浮かべれば、音楽もいっそうお楽しみいただけることでしょう。<参考>
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ミハイル・プレトニョフ指揮 10月定期演奏会
プレトニョフが贈る珠玉のロシア・プログラム
10月22日[日]15:00開演(終演予定17:15)
Bunkamura オーチャードホール
10月23日[月]19:00開演(終演予定21:15)
サントリーホール
指揮:ミハイル・プレトニョフ
グリンカ/幻想曲カマーリンスカヤ
グリンカ/幻想的ワルツ
グリンカ/歌劇『皇帝に捧げし命』より第2幕「クラコヴィアク」
ボロディン/交響詩『中央アジアの草原にて』
リャードフ/交響詩『魔法にかけられた湖』『キキーモラ』『バーバ・ヤガー』
(休憩)
リムスキー=コルサコフ/歌劇『雪娘』組曲
リムスキー=コルサコフ/歌劇『見えざる町キーテジと聖女フェヴローニャの物語』組曲
リムスキー=コルサコフ/歌劇『皇帝サルタンの物語』組曲