コンヴィチュニーが語る《魔弾の射手》

 7月18日、東京二期会オペラ劇場でハンブルク州立歌劇場との共同制作《魔弾の射手》(演出:ペーター・コンヴィチュニー)が開幕する。公演を前に去る6月27日、東京ドイツ文化センターでコンヴィチュニーによるトークイベント『演劇についての新たな考察〜ペーター・コンヴィチュニーを迎えて』が開催された。ドイツ演劇の今を伝える《アーティスト・トーク 演劇についての新たな考察》シリーズの一環で、ドイツ文化センターとの共催。司会はオペラ演出研究の森岡実穂(中央大学准教授)、通訳は蔵原順子。
(2018.6.27 東京ドイツ文化センター Photo:M.Terashi/Tokyo MDE)

左より)森岡実穂、ペーター・コンヴィチュニー、蔵原順子

 前半では、過去にコンヴィチュニーが演出した作品、チャイコフスキー《エフゲニー・オネーギン》、ヤナーチェク《イェヌーファ》、ヴェルディ《ドン・カルロ》について、映像ををまじえ演出の特徴を紹介。コンヴィチュニーは自身の演出哲学について、根本的なアプローチとしては「演出することをドイツ語では『inszenieren』と言います。すなわちこれは、音楽をひとつのシーン、舞台や場面の中に(in-)入れ込むこと」とし、「私に限らず舞台人の役割は、作品を作曲家の書いたスコア通りに上演することではありません。私たちの役割は、世界中で頻発する非人間的な出来事に対して、舞台を観る人々により成熟した賢明な態度で、そして人間的な感情をもって受けとめられるようにすることです」と語った。

 後半では今回の《魔弾の射手》について。作品をめぐる3つの時代背景と悪魔ザミエルの存在を中心に演出意図を次のように解説した。

■作品をめぐる3つの時代
1)作品の素材そのものの時代

 この作品は、三十年戦争(1618-48)の時代を描いています。この戦争は、当時ヨーロッパ全体を焦土と化した最大の悲劇です。

2)作曲者ウェーバーと台本作者のキントが書いた1815年
 フランス革命から間もない時代。それまでの〈神〉の秩序が撤去され、そのことで未来が誰にも予測不可能になった時代です。
 当時、すでにウェーバーもキントも(ザミエルのような)悪魔そのものが実在することを信じてはいません。ここでの「悪魔」は悪魔的なこと。それは新しい時代に登場した政治的、経済的、あるいは心理的な関係から生まれた「悪魔的なもの」なのです。以来、現代にいたるまで、人間の価値観や関係性の観念の基本は変わっていません。せいぜい武器の精密度が増した、というくらいなのです。

3)私たちが生きているこの時代
 悪魔ザミエルを、子どもだましのように不思議でおかしな格好の生き物として描いてしまうのは、演出するうえでの「最悪の誤解」です。悪魔ザミエル役の大和悠河さんがたびたび舞台に登場しますが、これは、社会にはびこる「不正」のような、何らかの社会の中の「悪魔的なもの」が形を与えられて登場したのだと思ってください。その恐ろしさ、その得体の知れない存在に、いったいこれは何だろう?と思ってほしい。

■悪魔ザミエルを女性が演じること
 これまでの人生経験を通じて、男性より女性の方が悪い人間だと気づいたのです(笑)。
 とある日本映画を見て、とても魅力的で素晴らしい女優さんがいたのです。(そのときの女優さんではありませんが)大和さんは多面性をもっている。ときには女性的、時には男性的なものを持っている。舞台では必ずしも女性として出てくるとは限らない。
 ザミエルを新しいアプローチで描きたいと思っていたので、それにぴったりな方を迎えられて、ほんとうに嬉しい。

イベントにはサプライズとして大和悠河も登場した

■原作とのラストの描き方の違い
 《魔弾の射手》は、最後の場面について、もともとの原作とは少し違うエンディングがくっついてるということに対して、様々な議論がある作品です。
 魔弾を使った罪でマックスは逮捕され、その悲しみで両親は正気を失い、アガーテは死んでしまうーー原作は容赦のない悲劇で終わります。ですが、ウェーバーとキントがこの作品を書いたのは1815年。当時はウィーン会議の時代で、フランス革命の余波を一掃せんとする、政治的にもっとも反動的な動きの高まった時代でした。一般庶民の間では居酒屋でも政治的なジョークを言おうものなら逮捕されてしまうような時代です。ウェーバーとキントは、原作どおりの結末では、政府の検閲を通らないだろうと考えました。そこで「隠者」という原作にはない人物を登場させたのです。
 領主は、魔弾を使った罪でマックスを罰しようとしますが、突然森の中からこの「隠者」が現れ、射撃の試験の廃止と一年間の執行猶予を提案し領主に認められます。そして、『魔弾の射手』は検閲を通りました。
 ですが、よく考えてみてください。その土地の領主ともあろう権力者が、突然あらわれた隠者の言うことに従うものでしょうか?当時の聴衆は、このフィナーレを一種のユートピアとして受け入れたわけです。しかし、それを現代でそのまま上演してしまうと、はっきり言ってベタな表現となってしまいます。この作品がベタでくだらないと思われてしまわないように、私は作品を守らなければいけない。
 
 今回の隠者は、物語の出来事全てにお金を出資している「スポンサー」という形ででてきます。スポンサーなので、成り行きの一部始終を見ていて、最後に結末を変えていく。一番最後で領主がマックスに罰を与えようとしたところで通常とは違う結末になり、幕が閉じてしまって、あれ終わったのかな?と思う。しかし、音楽は続いている。

 公演2日目の19日には、平日マチネ・スペシャルイベントとして、終演後にコンヴィチュニーによるアフター・トークも開催される。

 【Information】
●東京二期会オペラ劇場 
ウェーバー《魔弾の射手》(新演出)

指揮:アレホ・ペレス 
演出:ペーター・コンヴィチュニー
管弦楽:読売日本交響楽団 
合唱:二期会合唱団

7/18(水)18:30、7/19(木)14:00、7/21(土)14:00、7/22(日)14:00
東京文化会館

出演
オットカール侯爵:大沼 徹(7/18、7/21) 藪内俊弥(7/19、7/22)
クーノー:米谷毅彦(7/18、7/21) 伊藤 純(7/19、7/22)
アガーテ:嘉目真木子(7/18、7/21) 北村さおり(7/19、7/22)
エンヒェン:冨平安希子(7/18、7/21) 熊田アルベルト彩乃(7/19、7/22)
カスパール:清水宏樹(7/18、7/21) 加藤宏隆(7/19、7/22)
マックス:片寄純也(7/18、7/21) 小貫岩夫(7/19、7/22)
隠者:金子 宏(7/18、7/21) 小鉄和広(7/19、7/22)
キリアン:石崎秀和(7/18、7/21) 杉浦隆大(7/19、7/22)
ザミエル:大和悠河(全日)

 

問:チケットスペース03-3234-9999 http://www.ints.co.jp/ 
  二期会チケットセンター03-3796-1831 http://www.nikikai.net/