菊池裕美子(演出)が語る《ノルマ》

昭和トレンディドラマ風にベッリーニの美をわかりやすく

東京二期会が渋谷のBunkamuraオーチャードホールから新たに発信する「東京二期会コンチェルタンテ・シリーズ」は、これまで東京二期会のレパートリーにはなかった作品を積極的にとりあげ、セミ・ステージ形式でありながら映像と音楽の調和した新感覚演出で上演する試みだ。第1回は、ベルカントオペラの最高傑作《ノルマ》。3月17、18日に2組のキャストで臨む。ベッリーニと初めて向き合う演出家、菊池裕美子に話を聞いた。
(聞き手・文:音楽ジャーナリスト・池田卓夫 写真:M.Terashi/TokyoMDE)

菊池裕美子

–これまでモーツァルト、ヴェルディ、プッチーニの演出家というイメージでしたので、《ノルマ》を手がけるとうかがい、少し驚きました。

「私自身も『なぜ、ベルカントなの?』と最初は当惑し、なかなか譜読みが進みませんでした。フェリーチェ・ロマーニの台本はヴェルディにとってのボーイト、プッチーニにとってのイルリカ&ジョコーザら後年の作家たちに比べ、よく言えば詩的で簡素、欠点を挙げれば主語やト書きのあいまいさがあって、なかなか難物です。より真剣に読み込んでみて、ストーリーは考え抜かれ、ドラマもしっかり存在していることがわかりました。女性2人と1人の男性をめぐる愛憎劇の内容自体は、石田純一さんが主演した昭和のトレンディドラマとも大差なく、紀元前50年のローマ時代も現代の日本も、人間の本質に変わりはないという点は押さえておきたいですね。今回はコンチェルタンテが基本ですから、まずは音楽をよく聴いていただきたい。ベッリーニ特有の旋律の反復も単なる繰り返しとは思われないよう気を配られているので、美しい音楽を堪能してくださればと思います」

–それにしても巫女の長にして秘めた恋に生きる女性、2人の隠し子の母親と多様な顔を持つ題名役、ノルマを演じきるのは、単なる声のテクニック以上に至難のハードルですね。

「ポリオーネのくるくる変わる心を矛盾なく見せるのも大変ですが、とにかく、折に触れて『ノルマの方が(アダルジーザより)いいわ!』と思ってもらわないといけません。ノルマとアダルジーザの関係は最初、宗教上の師弟です。三角関係が明らかになるポリオーネとの三重唱においても、ノルマは『あなたのもたらした災いの、彼女も犠牲者なのよ』とポリオーネの悪行を責め、アダルジーザをかばいます。もう一つ注目すべきは、ノルマと父オロヴェーゾの親子関係です。己の非を明かし、ポリオーネとともに火刑台に向かう覚悟を固めた場面。最初は拒んでいた父が隠し子2人を引き取ると決意、ノルマはポリオーネの言葉に反応せず、父娘の深い会話がオロヴェーゾの『愛が勝ったのだ!(Ha vinto amor)』という感動の一言に至ります。演出家としては、いかにして火刑台に上る2人の印象を薄くしないかもまた、工夫のしどころです」

–確かにポリオーネの台詞は大雑把に書かれているし、かつて、チンピラみたいな言葉を連ねた日本語字幕を見たことすらあります。本来、魅力的な英雄役のはずですが。

「ノルマもアダルジーザも一目惚れでしたし、アダルジーザに語りかける姿を見たノルマが『私もかつて、同じことを言われたわ』と思い出に浸るなど、敵対するガリア人、しかも巫女2人がよろめいてしまうのですから、ポリオーネは相当の口説き上手だったはず。私のイメージは映画『グラディエーター』(2000年ユニバーサル)でローマの将軍に扮したアメリカのイケメン俳優、ラッセル・クロウに最も近いです。今回のポリオーネ役のテノールお2人、城宏憲さん、樋口達哉さんとも細マッチョなので、ぜひとも日本のラッセル・クロウになっていただきます。ただソプラノの大村博美さん、大隅智佳子さんとも、すでにノルマを歌った経験があるので、相当タフな相手役のはずです(笑)」

–最後に何か、お客様へのメッセージをいただけますか?

「私は歌の東敦子先生、演出のドニ・クリエフ、ジルベール・デフロ、広渡勲の各氏ら古き良き時代の方々に師事したり、助手を務めさせていただいたりして、多くのことを学びました。 その伝統を受け継ぎ、次代に伝えて行くことが使命だと思っています。 1人でも多くの、特に若い世代の方々に劇場へ足を運んでいただき、だまされたと思ってオペラを観ていただきたいです。公演会場も渋谷ですし、チケットのお値段も『かわいい』ので、ぜひ!」

–ありがとうございました。
(2018年2月25日、東京文化会館にて)

左)池田卓夫

【Profile】
●菊池裕美子(きくち・ゆみこ)/演出

声楽を東敦子、中川順子、益田雅子各氏に学び、昭和音楽大学声楽科卒業後、渡伊。イタリアオペラ台本を学ぶ。新国立劇場、東京二期会、佐渡裕プロデュースオペラ、サントリーホールオペラ、サイトウキネンフェスティヴァル、日生劇場などで、デニス・クリエフ、ジルベール・デフロ、ニコラ・ジョエル、グリシャ・アサガロフ、ダミアーノ・ミキエレット、ダニエレ・アッバード、アレッサンドロ・タレーヴィ、ガブリエーレ・ラヴィア、広渡勲、高島勲、白井晃などの演出助手を務める。また、日本人として初めて、ヴェネツィアのフェニーチェ劇場、ナポリのサン・カルロ劇場で演出助手を務めた。2008年サントリーホールアカデミー公演《フィガロの結婚》(ニコラ・ルイゾッテイ指揮)で演出家デビュー。東京都交響楽団スペシャルオペラ《トスカ》等を演出する。新国立劇場公演《蝶々夫人》《運命の力》《オテッロ》再演演出。近年では指揮者アンドレア・バッティストーニとのコラボでの《トゥーランドット》《イリス》《オテッロ》の演出コーディネートでも好評を博す。

●池田卓夫(いけだ・たくお)/音楽ジャーナリスト
東京都出身、1981年に早稲田大学政治経済学部を卒業、新聞記者となる。証券・金融記者として赴任したフランクフルト支局長時代に「ベルリンの壁」崩壊、東西ドイツ統一を現地から報道した。音楽についての執筆、コンサート制作・解説には高校生の時から携わる。これまでに紀尾井ホール、三鷹市芸術文化センター、アクロス福岡などで音楽イベントをプロデュース。現在も台東区芸術文化支援制度アートアドバイザーはじめ地域文化の支援に関わり、会津若松市では福島復興・復活支援オペラ《白虎 Byacco》(2012年7月初演)のエグゼクティブ・プロデューサーをつとめた。