【レポート】深作健太が語る《ローエングリン》

 東京二期会が2月にワーグナー《ローエングリン》の新制作上演を行う。これに先立ち去る1月21日、東京・赤坂のドイツ文化会館で『映画監督 深作健太と《ローエングリン》〜今、僕が考えていること』と題するイベントが開催された。
(2018.1/21 東京・ドイツ文化会館 Photo:M.Terashi/TokyoMDE)

 このイベントは、日本で唯一のクラシック音楽専門TVチャンネル「クラシカ・ジャパン」と東京二期会がコラボして行われた。「クラシカ・ジャパン」の石川了が司会進行をつとめ、深作健太がオペラ、ワーグナーとの出会い、そして今回の演出作品である《ローエングリン》について語った。また、ローエングリン役の福井敬、エルザ役の林正子も加わってトークが繰り広げられたほか、カヴァー歌手による歌も披露された。ここではそのなかから、深作健太の言葉をご紹介する。

左より:林 正子、福井 敬、深作健太、石川 了

◆演劇とオペラの違い

 演劇は台本(戯曲)の行間を埋めていくもの。それは無限であり、どう解釈し、どう広げるかで変わります。一方、オペラも無限ではありますが、その行間は音楽で埋まっていて、音楽の時間によって縛られている。前回演出した《ダナエの愛》など、悲しい男女の場面なのに流れている音楽は明るかったり、と・・・

 演劇では作品の解釈を広げていくため、また、お客様にわかりやすくするために、音楽とは違ったことをすることもあります。しかしオペラでは、演出が音楽の足を引っ張ってはいけないと思っています。
 演出は、ワーグナーが書いた音楽に寄り添いつつ、歌手の方たちが歌う歌を、お客様に伝えていく橋渡し的な役割になるべきだと考えます。歌手たちの気持ち、身体的な生理を大切にしたいですね。

 ダブルキャストで演じる人、歌う人によって待ったく違う印象のものになると思いますが、そういった、歌手の側から出てくるものを大切にしたい。


◆原点としてのワーグナー

 昔、レコード店のモニターに、レーザー光線が飛び交う中、槍を持った人が大きな声で歌っている見たことのない映像、過激なステージが映っていたんです。それはのちにクプファー演出の《ニーベルングの指環》だったとわかったのですが、とても感動したんです。

 子供の頃から映画『スターウォーズ』が大好きで、ジョン・ウイリアムズの映画音楽をきいていると、これをさかのぼっていくとワーグナーなんだなと気づいたんです。モチーフをつけて音楽が途切れなく続いていくという劇音楽の作り方を考えていく時に、オペラにつきあたった。オペラの世界、特にドイツオペラの読み替え、演出の深さの豊かさに触れたのをきっかけにワーグナー&オペラにはまりました。

深作健太(左)

◆《ローエングリン》と向き合って

 勧善懲悪がはっきりしていて、音楽的にも長調が多いし、きれいな音楽ですよね。個人的には《タンホイザー》や、《トリスタンとイゾルデ》以降の病的なワーグナーが好きです。ただ、《ローエングリン》は一見明るくて美しい音楽に覆われているのですが、そこにはくっきりと二つに分かれた世界が描かれています。ワーグナー自身の台本にも、中世ドイツの「史劇」としての側面と、白鳥伝説のようなメルヘン世界が相対しています。ローエングリンやオルトルートのように魔法を使う存在はその中間点にいて、二つの世界を往来している。そして、ローエングリンは、最後には、もといたファンタジーの世界へと帰って行ってしまう。「昼」と「夜」、「男」と「女」、「現実」と「ファンタジー」、「史劇」と「メルヘン」・・・すべてが二分化されているんです。

 ワーグナーのオペラは、女性が自己犠牲によって迷える男を救出するものが多いですよね。しかしこのオペラには、救済がないんです。音楽は非常に美しいのに、テキストだけを見ると、ものすごく悲劇。

 《ローエングリン》の演出をした先輩たちを振り返っても、なかなかこのオペラは難しいなと思いました。それを今回は日本で、そして二期会のみなさんと作っていく。マエストロを除くと全員日本人スタッフ・キャストです。どうアプローチしていくかが重要ですが、僕たちが描かなければいけないは、この二つの世界の境界線。その狭間で揺れる針のような感情を、くっきりと描くこと。そこが一番作りがいがあるところですし、見ていただく方々にも聴きごたえのある舞台になるのではと思っています。


◆父性的なるもの

 ワーグナーといえば「革命」と「恋」。そういうところにすごく惹かれます。今回演出してすごく思ったのはワーグナー作品にある「父親の影」、父性的なものです。

 《ニーベルングの指環》でも、この《ローエングリン》でも、「父性的」な要素がある。主人公ローエングリンが、包容力と慈愛にみちた父性的なものと自分を見守る女性との間でゆれている。男性がワーグナーにやられちゃう理由はそういうところにあるのではないかと思います。

 エルザの視点で演出する舞台も多いですが、僕には《ローエングリン》は、そうは聞こえなかった。音楽もローエングリンよりな気がするんです。そこは演出を作っていく鍵となると思います。また、音楽、楽譜を見てみると、オルトルート中心にスコアが作られているんですね。いいところになるとオルトルートが出てきて、むしろエルザとローエングリンはうまく補完し合う。 裏表のような音楽です。3幕になってようやくエルザとローエングリンが一緒の場面で二人きりで歌う。そこは演出するうえで非常に面白い構成だと思っています。

 今回はローエングリンを今やる意味を考えました。「英雄」とはなにかということを考えていったんです。ローエングリンにはカラっとした明るさがあって、その明るさの正体を突き詰めていくことが大切かなと。一見するとメルヘンだけれども、「英雄」「人が人を救う」とはどういうことかをワーグナーは当時頭に描きながら書いたんだと思うんです。革命後の世界、王政が壊れたときにどんな世界にしたいと思ったのか?そのあたりを追求してみたい。

 歴史上、ローエングリンに憧れた有名な人物が二人います。ひとりはヒトラー。彼は、ローエングリンが最後に記した「フューラー(導き手)」という言葉を、自らの称号「総統(フューラー)」にしてしまいました。今回その汚れたイメージを払拭したいと思っています。そして、もうひとり、当時のバイエルン国王ルートヴィヒ2世ですね。彼は政治に背を向けて、ノイシュヴァンシュタイン城をはじめ、ロマンの世界に浸り浪費を重ねてしまったことで「狂王」の烙印を押され、終には廃位にされてしまいます。今回の演出では、ルートヴィヒ2世の人生とローエングリンの生涯を重ねることで、《ローエングリン》の根底にあるものを描きたいと考えています。


【公演情報】
東京二期会オペラ劇場
リヒャルト・ワーグナー《ローエングリン》(オペラ全3幕 日本語字幕付き・ドイツ語上演)

2018.2/21(水) 18:00、2/22(木)14:00、2/24(土)14:00、2/25(日)14:00
東京文化会館

指揮:準・メルクル
演出:深作健太

●キャスト
ハインリヒ・デア・フォーグラー:小鉄和広(2/21,2/24) 金子 宏(2/22,2/25)
ローエングリン:福井 敬(2/21,2/24) 小原啓楼(2/22,2/25)
エルザ・フォン・ブラバント:林 正子(2/21,2/24) 木下美穂子(2/22,2/25)
フリードリヒ・フォン・テルラムント:大沼 徹(2/21,2/24) 小森輝彦(2/22,2/25)
オルトルート:中村真紀(2/21,2/24)清水華澄(2/22,2/25)
王の伝令 :友清 崇(2/21,2/24) 加賀清孝(2/22,2/25)
4人のブラバントの貴族:
 吉田 連 鹿野浩史 勝村大城 清水宏樹(2/21,2/24)
 菅野 敦 櫻井 淳 湯澤直幹 金子慧一(2/22,2/25)
ローエングリン(青年時代):丸山敦史(全日)

合唱:二期会合唱団
管弦楽:東京都交響楽団


●入場料金(税込)

◆[2月21日(水)・24日(土)・25日(日)公演]
一般:S席 17,000 A席¥14,000 B席¥11,000 C席¥8,000 D席 ¥5,000 E席¥完売 学生席¥2000
愛好会会員:S席 ¥16,000 A席¥13,000 B席¥10,000 C席¥8,000 D席¥5,000 E席¥完売

◆[2月22日(木)公演]平日マチネ・スペシャル料金
一般:S席 ¥15,000 A席 ¥12,000 B席¥10,000 C席 ¥8,000 D席 ¥完売 E席 ¥完売 学生席¥2,000
愛好会会員:S席 ¥14,000 A席 ¥11,000 B席 ¥9,000 C席 ¥8,000 D席 ¥完売 E席 ¥完売

※チケットお申込みと同時に愛好会へもご入会いただけます。
※チケット購入後のお取消、日程の変更はできません。
※二期会オペラ愛好会の特典は二期会チケットセンターでチケットをご購入された場合に限り適用されます。
※E席は二期会チケットセンターでは取扱いいたしません。チケットスペース(TEL03-3234-9999)他、前売りプレイガイドにてお求め下さい。
※学生席のご予約は二期会チケットセンター電話のみのお取扱いです。
※未就学児の入場はお断りします。

●ご予約・お問合せ
チケットスペース03-3234-9999
二期会チケットセンターTEL03-3796-1831 FAX 03-3796-4710
(受付時間:平日10:00〜18:00/土曜10:00〜15:00/日・祝休業)
http://www.nikikai.net/ticket/