実力派歌手たちがオーケストラと共演してつながった
オペラへの希望
日本のみならず世界のオペラ界が経験したことのない空白だった。新型コロナウイルスの感染拡大で、3月には舞台も演奏会も途絶え、いま再開しつつあるものの道のりは平たんではない。とりわけオペラは、歌うという行為が飛沫を伴うため、上演のハードルが高いとされる。7月11日、東京文化会館で開催された東京二期会スペシャル・オペラ・ガラ・コンサート「希望よ、来たれ!」が灯した希望の光には価値があった。二期会を代表する歌手たちが歌うアリアの数々を、本格的な二管編成のオーケストラ伴奏で聴くことができ、生の音と舞台の価値をあらためて認識させられた。
むろん、聴き手も十分に安心できるだけの感染対策にぬかりがない。手をアルコール消毒したうえで入場前に検温を受けると、チケットの半券は自分で切って渡し、プログラムも置かれたものを各自が受け取る仕組みだ。スタッフも全員がマスクとフェイスシールドを併用している。客席は前後左右が空席で、ステージとの距離を保つため、1階の3列目までも空席になっていた。
舞台上の感染防止にも手が尽くされ、オーケストラも奏者の間隔を、弦楽器は横80センチ、縦150センチ、管楽器は縦横200センチずつ確保していた。しかし、音への影響はわずかで、昨秋、ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝した沖澤のどかが指揮する東京交響楽団は、1曲目のベートーヴェン《フィデリオ》序曲から活き活きと呼吸し、躍動するから、おのずと期待が高まる。木下美穂子(ソプラノ)が《フィデリオ》からレオノーレの〈悪者よ、どこに急ぐのだ〜希望よ、来たれ!〉を歌うと、豊潤さを増した芯のある美声とオーケストラの協演に、聴き手としては身を乗り出さざえるを得ない。
それからは瞬く間に時がすぎた。城宏憲(テノール)が歌ったプッチーニ《トスカ》のカヴァラドッシのアリア〈星は光りぬ〉は、端正なフォームのなかに声が横溢し、気品があった。中島郁子(メゾソプラノ)が歌う《セビリャの理髪師》の〈今の歌声は〉は、ロッシーニを歌うのに必要なアジリタなどの装飾技巧も万全で、コケティッシュで賢いとしてのロジーナ像を見事に表出した。同じオペラから、黒田博(バリトン)がフィガロのアリア〈わたしは町のなんでも屋〉を存在感たっぷりに歌った。
後半も充実していた。妻屋秀和(バス)がモーツァルト《魔笛》から〈イシスとオシリスの神に感謝を〉を、いつも通りのスタイリッシュな低声で歌うと、本来ならこの日に上演されるはずだったベルク《ルル》から、森谷真理(ソプラノ)が〈ルルの歌〉を。清楚な声とスタイルの持ち主である森谷が、無調オペラの代表格に描かれた自堕落な女になりきって圧巻だった。中村蓉のダンスとのからみにも、近い将来の本格的な舞台への強い期待を呼び覚まされた。そして、福井敬(テノール)が歌うプッチーニ《トゥーランドット》の〈誰も寝てはならぬ〉で締められた。
筆者の心に灯された希望は、この日の聴き手が等しく感じたものだと信じている。その光は、以前と変わらぬオペラの活況につながる道を照らし出していた。
取材・文:香原斗志
【Information】
東京二期会スペシャル・オペラ・ガラ・コンサート「希望よ、来たれ!」
2020.7/11(土)15:00 東京文化会館
指揮:沖澤のどか
管弦楽:東京交響楽団
ソプラノ:木下美穂子、森谷真理
メゾソプラノ:中島郁子
テノール:城 宏憲、福井 敬
バリトン:黒田 博
バス:妻屋秀和
ダンサー:中村 蓉