リベラルアーツ教養講座「メルヘンと歴史のはざまでーモーツァルトの歌芝居《後宮からの逃走》解読」開催

東京二期会オペラ劇場11月公演《後宮からの逃走》に関連して、ドイツ・オペラの専門家で、とりわけワーグナーの楽劇研究で著名な山崎太郎氏による公開講座が、11月1日(木)18時から、東京工業大学大岡山キャンパスで開催される。2016年に《ニーベルングの指環》を全5回で取り上げたリベラルアーツ教養講座の待望の続編だ。今回は1回完結で、《後宮からの逃走》の見どころ、聴きどころが、深く、わかりやすくナビゲートされることになる。どのような講義になるか、講師の山崎氏に尋ねてみた。
(聞き手&構成 東京二期会)

山崎太郎(東京工業大学 リベラルアーツ研究教育院 教授)

ーーなぜ、モーツァルト《後宮からの逃走》をテーマにされたのでしょうか。

 この作品は、私にとって、ここ10年来の研究対象なのです。きっかけは2004年、私がドラマトゥルクをつとめた日生劇場の《後宮からの逃走》です。作品にかかわる史実や文献を調査し、学術的な面からオペラの制作を支えるのが私の役割でしたが、その関連で「太守セリムは、どこのどういう人なのか」を調べたのが、研究の出発点でした。最後の場面でセリムが、とある北アフリカの町の名を口にするのですが・・・・・・あ、あまり詳しい話をしたら、講義のネタばれになってしまいますね(笑)。

ーーでは、ネタばれにならない程度に・・・この度の講座についてお話しください。

  《後宮からの逃走》というと、今日ではメルヘン仕立ての非現実的なおとぎ話とみなされがちですが、今回の講座では、実はこの作品がモーツァルトの時代の政治や社会の状況と密接に結びつき、リアリティをもっていたということを解き明かしていきたいと思います。
 例えば・・・ベルモンテはスペインの貴族ですよね。そして、まさに18世紀、キリスト教国スペインとイスラム圏の攻防ラインは、北アフリカにあったのです。《後宮からの逃走》はこの現実を背景にしているんじゃないか。そう考えて、当時の新聞記事を集めたりしました。ウィーンの図書館では18世紀の新聞もアーカイブ化されて、その時代の出来事が手に取るように分かるんです。
 同じ時期に、私は現地調査のため、トルコと北アフリカのイスラム圏にも行く計画を立てていました。覚えていらっしゃるでしょうか。ちょうどその頃、北アフリカで日本人の人質事件が新聞で報道されました。
 「あっ!」と驚いたのは、まさにこれから行こうとする地での事件の重大さはもちろんのこと、18世紀初めのウィーンの新聞を調べていて、ヨーロッパ人が北アフリカで襲われ、多くのキリスト教徒が人質になったという記事を読んだからでした。このとき私の頭のなかで、300年も昔の出来事と今が瞬時に結びついたのです。この作品の時代状況は、今なおアクチュアルな問題でもあるということを、私は身をもって知らされました。
 《後宮からの逃走》でも、コンスタンツェたちが囚われの身になったそもそものきっかけは、地中海で海賊にさらわれたことですよね。海賊というのも、当時はリアリティーをもって怖れられた存在でしたが、詳しくは講座でお話ししましょう。

ーー《後宮からの逃走》は、当時のほかのオペラと比べてどのような作品なのでしょうか。何か異次元のものを作ってやろうという、モーツァルトと台本作家ゴットリープ・シュテファニーの意欲が伝わってくるでしょうか。

 シュテファニー自身がどう考えていたかまではわかりませんが、モーツァルトが意欲に満ちていたことは確かでしょうね。
 「ジングシュピール(歌芝居)」といいますが、もうこれは当時の一般的な「ジングシュピール」の範疇には収まりきらない野心作です。それは、宮廷直轄のブルク劇場での上演であったこととも実質的に結びついています。当時の最高の舞台に最高の歌手が集められたわけですから。それで張りきったモーツァルトは歌い手に大きな技量が求められる、正直、やりすぎ、というくらいの音楽を書きました。
 トルコ風の物語や非日常のメルヘンを描いた作品は、当時はたくさんありました。《後宮からの逃走》も、もとはブレッツナーの戯曲『ベルモンテとコンスタンツェ』という同じ題材の作品を下敷にしています。ところが、モーツァルトとシュテファニーは、結末のシーンで重大な改変を行いました。そこからどのようなメッセージが読み取れるのかも、講座で詳しく解読していきたいと思います。

ーー山崎さんからみた《後宮からの逃走》の聴きどころはどこでしょうか。

 ひとつ挙げるとすれば、やはり二幕の四重唱でしょう。今回の演出のギー・ヨーステンさんも、この場面がカギになるとおっしゃっていますね。(インタビュー参照 : http://www.nikikai.net/enjoy/vol315_03.html
 ベルモンテとコンスタンツェ、ペドリロとブロンデという二組のカップルの間には本来、主従の関係という身分の違いがあるのですが、不思議なことに、この四重唱の音楽のプロセスのなかで彼らは対等な立場になっていく気がします。仲の良い四人組がダブルデートしている感じといえばよいでしょうか。これは、モーツァルトの他の作品をみても稀有なところです。
 しかも、歌詞の内容やドラマの状況を突き抜けて、人類愛や希望、ユートピアといった理想的な概念を音楽が見事にうったえている。このオペラの大きなテーマである「赦し」を、ここで音楽が先取りしているように感じます。

ーー今回の東京二期会の公演に期待されることは?

 私が最初に二期会の公演を見たのは、たしか1976年の《タンホイザー》だったと思います。私はまだ中学生でした。その頃に較べると、いろいろな面で隔世の感があります。
 例えば、ここ十数年来、二期会は海外との提携や共同制作を積極的に進め、優れた指揮者や演出家を呼んでいますよね。歌手の出来不出来だけではなく、上演全体をトータルに総合芸術として評価の対象とできるようになった。この積み重ねは大きな成果といえるでしょう。その過程で歌手のレベルも格段に上がってきていると感じます。
 今回の《後宮からの逃走》では、海外から演出のヨーステン氏を招き、まったくゼロから日本発の新しい舞台を作られるという。二期会のこれまでの上演史の中でも、非常に貴重なことなのではないかとみています。ヨーステン氏と日本人のキャストが、今回どのような化学反応を起こすのか、とても楽しみです。

ーー最後に、研究者の立場からみた、オペラの魅力を教えてください。

 もちろん愛好家としてオペラを純粋に鑑賞する楽しみが根底にあるわけですが、それに加え、刺激的な上演に出会うと、自分の研究にインスピレーションを受けることが多々あります。そして逆に、(これは私個人に限ったことではなく)いろいろな分野の方の研究成果が演出家をはじめ、オペラを制作する方たちのヒントや参考になることもあるのではないでしょうか。作る側と研究する側の相互作用によって、作品の新たな魅力が引き出され、オペラの世界がより豊かに広がればと願っているんです。

ーーありがとうございました。


リベラルアーツ教養講座「メルヘンと歴史のはざまで〜モーツァルトの歌芝居《後宮からの逃走》解読」
2018年11月1日(木)18:00 – 21:00(17:30開場)
東京工業大学 大岡山キャンパス 大岡山西9号館 2F ディジタル多目的ホール

受講料
一般1,000円(東工大学生および教職員は無料)

参加申込
会場整理の都合上、事前にメールでお申込みください。
申し込み先: ila2018@ila.titech.ac.jp
(予約なしでも、当日満席にならない限り入場は可能です)

講師:山崎太郎(東京工業大学 リベラルアーツ研究教育院 教授)

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
《後宮からの逃走》オペラ全3幕 《新制作》

2018.11/22(木)18:30
2018.11/23(金・祝)、11/24(土)、11/25(日)14:00
日生劇場

指揮:下野竜也
演出:ギー・ヨーステン
舞台美術:ラモン・イバルス
管弦楽:東京交響楽団

●キャスト

11月22日(木)/24日(土) 11月23日(金・祝)/25日(日)
太守セリム 大和田伸也 大和田伸也
コンスタンチェ 松永知史 安田麻佑子
ブロンデ 冨平亜希子 宮地江奈
ベルモンテ 金山京介 山本耕平
ペドリッロ 升島唯博 北嶋信也
オスミン 加藤宏隆 斉木健詞


●入場料金(税込)

S席 A席 B席 学生席
一般 ¥15,000 ¥13,500 ¥9,000 ¥2,000
愛好会会員 ¥14,000 ¥12,500

※チケットお申込みと同時に愛好会へもご入会いただけます。
※チケット購入後のお取消、日程の変更はできません。
※二期会オペラ愛好会の特典は二期会チケットセンターでチケットをご購入された場合に限り適用されます。
※学生席のご予約は二期会チケットセンター電話のみのお取扱いです。
※未就学児の入場はお断りします。

●ご予約・お問合せ
チケットスペース03-3234-9999
二期会チケットセンター03-3796-1831 (FAX 03-3796-4710)
受付時間:平日10:00~18:00/土曜10:00~15:00/日・祝休業