【特別インタビュー】マキシム・パスカル(指揮)

 東京二期会とフランス国立ラン歌劇場との共同制作による黛敏郎《金閣寺》(新制作)が2月22日に初日を迎える。指揮をするのは、1985年生まれの若きマエストロ、マキシム・パスカル。
「正直に言いますと、《金閣寺》を指揮するというオファーをいただいたとき、黛の音楽については知りませんでした。でも、子供の頃に三島由紀夫の原作を読んでいたので、これは私にとって大切な作品になるだろうと直感して即答で引き受けました」

 そう謙虚に語るパスカルは、ドビュッシーやラヴェル等のフランスもののレパートリーで鮮やかな音楽を描き出す一方、現代音楽のスペシャリストとしても活躍する、いま注目の、フランスの若手指揮者だ。
「実際にスコアを見ると、日本の作品だけれども、そこにはヨーロッパ的な、私にとって馴染みのある部分もあり、しかし、しっかり読み解いていくと、その芸術的な表現手法のなかに、私がこれまでに出会ったことがない、日本独特の文化に由来する考え方や物事の運びがあることに気づきました。ヨーロッパに近いアプローチはあるものの、日本独特の強烈なものがあって、私にはそれが新鮮で、新しい試みだと感じました」

 黛は、1951年にフランス政府留学生としてパリ音楽院に留学し、翌年にパリで三島と知り合っている。
「黛の音楽の話をするとき、フランスの影響を受けたとよく言われますが、私は影響といった単純なレベルではないと思っています。黛も三島も、それからブーレーズもシュトックハウゼンも、彼らは1925年から29年の間に生まれ、第2次世界大戦を若いときに経験しました。芸術的にどのような影響を受けたかということよりも、同じ時代に生き、戦争という強烈な体験をしたことが大切なポイントだと思います。さらに言えば、三島の『金閣寺』の核心のテーマでもありますが、戦争をどのように後世に伝えていくか、あるいは受け継いだ伝統をどうやって残していくのかを説いていく視点もこの作品のなかに隠されていると思います」
 
 三島の『金閣寺』を読んで強烈な衝撃を受けたと語るマエストロ。いまもなおフランスで三島作品が重要な位置を占めているのは、人間と人間、人間と社会、人間と芸術の関係を読み手に強く問いかけてくるからだと考える。こうした文学から音楽を読み解いていく彼のアプローチは非常に興味深い。
「主人公の溝口は金閣寺に対してものすごく強い情愛があり、その情愛は破壊でもあります。その一方で、溝口と同じ金閣寺の学僧、鶴川との深い関係があり、二人の間に友情が生まれます。その関係は、溝口と金閣寺の関係と同様に、つながりは濃いけれど、さりげなく描かれ、私がとても気に入っている場面です。オペラでは、輝かしく幻想的で、夢のなかにいるような、この世のものとは思えない美しい音楽がある一方で、鶴川や他の登場人物の場面では急にシンプルな音楽になります。例えば、第1幕の鶴川が登場する場面も、暗いのだけどただ暗いのではない。足が不自由な友人の柏木が、足を引きずって歩く表現も大げさではなく、壮大な音楽と対比させて、登場人物の人間性や内面が描かれるのは面白いと思いました」

 その対比は、実際の演奏ではどのように表現されるのだろうか。
「金閣寺の壮大さを描くときは、オーケストラの団員一人ひとりに役割が決められ、それを正確に積み上げて、大きな建造物を作っていくような感覚で音楽を創り上げます。それに対して鶴川や柏木の場面は、楽器の数が急に減ります。そこでの演奏家や歌手は、大きなものを表現するためのパーツではなくて、それぞれが感じたものを自身の表現で観客に伝えることが大事だと考えます。それによって観る側も内面を感じることができます」

 さらに、指揮者としての役割は、音楽家たちをそうした表現へと導くことだと強調する。
「指揮者は、自分の表現や解釈を演奏家や歌手に伝えるのではなく、彼らが何をしたいのかを受け取る側だと思います。彼らは音楽のことをよくわかっているので、彼らのアイディアや感じていることを最大限に引き出し、技術的に磨き、どのようにすれば深められるのかを考えます。そのために指揮者という職業があるのだと思っています」

 幕切れの、溝口が金閣寺に火を放つ場面についても、文学から解釈する。
「合唱による読経は、溝口の心の叫びであり、苦悩です。自分が魅了されている金閣寺の美しさにもう耐えられないという叫びであるとともに、祈りでもあると思います。金閣寺を燃やすというのは、ただ燃やすということではなく、伝統と決別して新しい時代を受け入れるということで、読経はそれを表わしています」

 最後に、京都の金閣寺に実際に行ったことがあるか尋ねてみると、「行きたかったけど、遠くて行けなかった」と残念そうに語りながら、「だけど、本物は燃やされてしまったからね(笑)、本物は存在しないから」と茶目っ気たっぷりの笑顔をみせた。
取材・文:柴辻純子 写真:武藤 章


【Information】
《フランス国立ラン歌劇場との共同制作》
東京二期会オペラ劇場《金閣寺》
日本語及び英語字幕付き原語(ドイツ語)上演

2019.2/22(金)18:30、2/23(土)14:00、2/24(日)14:00 
東京文化会館 大ホール
上演予定時間:約2時間20分(休憩1回を含む)

原作:三島由紀夫
台本:クラウス・H・ヘンネベルク
作曲:黛 敏郎
指揮:マキシム・パスカル
演出:宮本亜門

装置:ボリス・クドルチカ
衣裳:カスパー・グラーナー
照明:フェリーチェ・ロス
映像:バルテック・マシス

【キャスト】
2月22日(金)/24日(日)/2月23日(土)
溝口:宮本益光/与那城 敬
鶴川:加耒 徹/髙田智士
柏木:樋口達哉/山本耕平
父:星野 淳/小林由樹
母:腰越満美/林 正子
道詮和尚:志村文彦/畠山 茂
有為子:冨平安希子/嘉目真木子
若い男:高田正人/高柳 圭
女:嘉目真木子/冨平安希子
娼婦:郷家暁子/中川香里
ヤング溝口(ダンサー):前田晴翔/木下湧仁
合唱:二期会合唱団
管弦楽:東京交響楽団

●入場料金(税込)
S¥15,000 A¥13,500 B¥10,000 C¥8,000
学生¥2,000

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