ヴェルディが《椿姫》より《イル・トロヴァトーレ》より、傑作として自信を持っていた《リゴレット》。周囲の恨みを買う宮廷の道化で身体に障害もある、それまでのオペラでは主役になり得なかった男が主役に据えられ、その人間性を描くために、ドラマと緊密に結びついた音楽が、終幕まで息つく間もなく展開する。スリリングなドラマに引きこまれるかどうかは演奏次第でもあるが、藤原歌劇団のそれは、このオペラの真価を体感できるバランスのとれた好演であった。
取材したのは、2月1日(東京文化会館)、8日(愛知県芸術劇場)に歌う須藤慎吾、笛田博昭、佐藤美枝子組の最終総稽古(ゲネラル・プローベ)である。
(2020.1/30 東京文化会館 取材・文:香原斗志 Photo:Lasp Inc.)
ヴェルディは《リゴレット》を、冒頭から終幕まで、ひとつの長大な重唱のように作曲したいと考え、事実、常に全体像を描きながら作曲した。ドラマと一体となったあの新鮮で雄弁な管弦楽はそこから生まれているが、柴田真郁指揮の日本フィルハーモニー交響楽団による管弦楽は、冒頭から劇的であると同時に、ヴェルディの意図を汲んで淀みなく、音楽の流れに身をまかせれば、作曲家の自信作の深部に運んでもらえるという安心感があった。縦のラインが意識され、享楽的な場面も、このオペラのテーマである「呪い」が意識される陰りある場面も、ヴェルディの手の込んだ管弦楽がていねいに描かれながら、たしかに流れるのである。
マントヴァ公爵の笛田博昭は相変わらず、よく作り込まれた堂々たる“イタリア声”で、力強いのだがフレージングは美しく、高音までまったくストレスがない。比較的軽い声の公爵を聴き慣れた耳には新鮮である。冒頭のソロ〈あれかこれか〉から、すっかり聴き手の心を奪い、第2幕冒頭のアリア〈ほおの涙が〉も、イタリアらしい流麗なフレージングが劇的表現と相まって、聴き応えがあった。
ジルダは十代の少女の役だが、ベテランの佐藤美枝子はすっかり少女になりきった。超高音もコロラトゥーラも若いころのままで、美しいピアニッシモの武器もある。経験とともに表現力は増した分、少女のときめきも、死を選ぶほどの愛の苦悩も、少女の声をたくみに操りながら表現してしまう。リゴレットとの二重唱も、マントヴァ公爵との二重唱も、彼女の安定した歌唱の美しさが、その完成度を担保していた。
リゴレットの須藤慎吾は劇的な表現力に長け、フォルテの音の響きに説得力がある。第2幕のジルダとのリリックな二重唱、続く復讐を誓う二重唱が、歌唱が安定しながら、そこに奥に親の慈愛や情念がにじみ、白眉であった。スパラフチーレの伊藤貴之も端正な歌唱で、その奥にこの男の不気味さをよく表した。
松本重孝の演出は、簡素ではあるがト書きに忠実で、演奏されている音楽の意味がよく伝わるという意味で、好感が持てた。
なぜ、このオペラにヴェルディは絶大な自信持ったのか、そのわけを理解するためも、観逃せない公演である。
【第1幕】
【第2幕】
【第3幕】
2020年2月1日(土)、2/2日(日)各日14:00
東京文化会館
2020年2月8日(土)14:00
愛知県芸術劇場 大ホール
総監督:折江忠道
演出:松本重孝
指揮:柴田真郁
管弦楽:日本フィルハーモニー交響楽団(東京公演)
セントラル愛知交響楽団(愛知公演)
美術:大沢佐智子
衣裳:前岡直子
照明:服部 基
●キャスト
リゴレット:須藤慎吾(2/1,2/8)上江隼人(2/2)
マントヴァ公爵:笛田博昭(2/1,2/8) 村上敏明(2/2)
ジルダ:佐藤美枝子(2/1,2/8) 光岡暁恵(2/2)
スパラフチーレ:伊藤貴之(2/1,2/8) 豊嶋祐壹(2/2)
マッダレーナ:鳥木弥生(2/1,2/8) 米谷朋子(2/2)
ジョヴァンナ:河野めぐみ(2/1,2/8) 二瓶純子(2/2)
モンテローネ伯爵:泉 良平(2/1,2/8) 村田孝高(2/2)
マルッロ:月野 進(2/1,2/8) 大野浩司(2/2)
ボルサ:井出 司(2/1,2/8) 有本康人(2/2)
チェプラーノ伯爵:相沢 創(2/1,2/8) 上田誠司(2/2)
チェプラーノ伯爵夫人:相羽 薫(2/1,2/8) 古澤真紀子(2/2)
小姓:丸尾有香(2/1,2/8) 網永悠里(2/2)
合唱:藤原歌劇団合唱部