【ゲネプロレポート】 藤原歌劇団《愛の妙薬》

粒ぞろいの歌手と作り込まれた舞台で《愛の妙薬》の真価に気づく舞台

 イタリア・オペラを得意とする藤原歌劇団にとって、《愛の妙薬》は看板演目の一つである。このオペラ、素朴な田園喜劇のように思われているが、心血注いで作曲したときのドニゼッティ特有の、真実の感情のほとばしりが随所に見られる。だから、ツボを押さえた上演に出会うと、心を大きく揺さぶられるのだ。結論を先に言えば、その意味でさすがといえる上演であった。公演日は6月29日と30日。取材したのは29日出演の伊藤晴と中井亮一組の最終総稽古(ゲネラル・プローベ)である。
(2019.6/27 日生劇場 取材・文:香原斗志 Photo:Lasp Inc.)

中央:伊藤 晴(アディーナ) 左:中井亮一(ネモリーノ)


 まず、川口直次による舞台装置が冴えている。舞台をバスク地方からトスカーナに移しており、イタリアで制作されたという写実的な装置は、壁の色から年季の入り方まで、中世の面影を残す小村の広場の雰囲気をよく伝えている。また、1幕、2幕とも短時間の舞台転換で、同じ装置を用いながらすみずみまで異なる別の広場にガラリと変わる。こうした細部へのこだわりも舞台の質を担保している。演出の粟國淳は、合唱の一人ひとりの動きにいたるまで目を配り、ドラマを立体的に構成するのに成功していた。


左:久保田真澄(ドゥルカマーラ) 右:中井亮一(ネモリーノ)

左:須藤慎吾(ベルコーレ) 右:伊藤 晴(アディーナ)

 アディーナは伊藤晴。比較的硬質な声だが、しっかりとマスケラ(顔面の骨)に集められて響きが明瞭なため、旋律線が美しく描かれ、イタリア語もクリアだった。尻上がりに調子を上げ、第2幕のフィナーレで、ネモリーノの軍隊への入退契約書を買い戻して歌うアリアでは響きが深みを増し、華麗な装飾歌唱も難なくこなして、強い印象を残した。ドニゼッティの装飾歌唱は、ロッシーニの抽象的なそれと異なって、感情のほとばしりを直接的に表現している。それに応えるロマンティックな表現にも不足はなかった。

左:中井亮一(ネモリーノ) 右:須藤慎吾(ベルコーレ)


中央:石岡幸恵(ジャンネッタ)

 同じことがネモリーノの中井亮一にも言えた。まっすぐに前に向かう気持ちのよい声。声を落してやわらげるメッザ・ヴォーチェのテクニックが完璧であるため、やわらかい声に自在に強弱をつけながら、ネモリーノの感情を細やかに描いた。第1幕の、軽くあしらうアディーナと真剣なネモリーノの二重唱や、同じ第1幕フィナーレで、「妙薬が効く」前にアディーナが結婚してしまうと知ったネモリーノが、「今は(結婚しては)だめだ」と訴えるソロ。そこではブッファの枠を超えた真実の感情が音楽になっている。中井の歌を通して、あらためてそのことに気づくはずだ。言うまでもないが、中井のメッザ・ヴォーチェが最も活かされたのが、アリア〈人知れぬ涙〉だった。

左:伊藤 晴(アディーナ) 右:久保田真澄(ドゥルカマーラ)

 30日に歌う中井奈穂と小堀勇介も、負けず劣らずの歌唱を披露してくれるはずである。2016年にペーザロのロッシーニ・アカデミーの発表公演《ランスへの旅》で、故・アルベルト・ゼッダがコルテーゼ夫人とリーベンスコフ伯爵という大役に抜擢した二人である。中井はその後、3年のイタリア留学を経て、今回が日本における本格的なデビューに当たる。小堀は質感の高い声と圧倒的な装飾歌唱のテクニック、輝かしい超高音で、すでに確たる評価を得ている。

 ゲネプロに話を戻すと、ドゥルカマーラの久保田真澄は、純イタリア的な発声と明瞭なイタリア語、そして喜劇的なセンスによって、ドラマを引きしめた。ベルコーレの須藤慎吾は、朗々たる歌唱と引き締まった動きで存在感を示した。

 指揮は山下一史。ドイツやデンマーク、スウェーデンなどでの経験が長く、純イタリア音楽ともいうべき《愛の妙薬》とのマッチングはどうなるかな、と思ったが、ユニークな効果を生んでいた。方向性は比較的モダンだが、アクセントが少々器楽的で、縦のラインを意識した音楽づくりだった。その結果、ドニゼッティの交響的なセンスにあらためて気づかされる演奏になっていた。また、先にもこのオペラにはブッファを超えた感情のほとばしりがある旨を書いたが、そうした箇所がシンフォニックな支えを得て浮き立っていた。聴き手がこのオペラの「深さ」に気づく契機になるのではないだろうか。



藤原歌劇団・NISSAY OPERA 2019公演
《愛の妙薬》

2019年6月29日(土)、6月30日(日)各日14:00
日生劇場

総監督:折江 忠道

指揮:山下一史
演出:粟國 淳

美術:川口直次 
衣裳:パスクワーレ・グロッシ

●キャスト
アディーナ:伊藤 晴(6/29) 中井奈穂(6/30)
ネモリーノ:中井亮一(6/29) 小堀勇介(6/30)
ドゥルカマーラ:久保田真澄(6/29) 三浦克次(6/30)
ベルコーレ:須藤慎吾(6/29) 大石洋史(6/30)
ジャンネッタ:石岡幸恵(6/29) 網永悠里(6/30)

合唱:藤原歌劇団合唱部
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団