マルクス・アイヒェ(バリトン)&クリストフ・ベルナー(ピアノ)

 この東京・春・音楽祭だけでも、2012年には《タンホイザー》で、とびきり甘い美声に情感が加わったヴォルフラムが圧巻で、17年の《神々の黄昏》では、ノーブルなグンターで客席を唸らせたマルクス・アイヒェ。その歌は冷徹なまでに理知的で、その知的な表現を極めた先に情感が浮かび上がる。
 もちろん、そんな至芸を習得したバリトンは世界でも数少ない。第一級の歌手を、日本にいながらにしてたびたび味わえるとは、うれしいかぎりである。

 甘く、やわらかく、光沢があるその声を、アイヒェは自然なメリハリをつけながら操る。表現はレンジが広く、かつ多彩だが、力強さも、繊細さも、曲の精神の内奥まで理解していればこそのもので、とりわけ歌詞のニュアンスへの気配りは秀逸だ。そうした力はオペラのドラマ性を際立たせるが、ドイツ・リートにおいてもまた輝く。

 今回、アイヒェが選んだのは、ブラームスがティークの小説に含まれる15編の詩に曲をつけた、「『マゲローネ』によるロマンス」。旅に出たペーター伯がマゲローネと出会って駆け落ちし、途中、離ればなれになりながら再会するまでが、ペーター伯のほか、マゲローネの心情も交えて歌われる。

 この作曲家が手がけた唯一の連作歌曲で、ロマンティックで甘い叙情が感じられる。アイヒェのような甘い声でこそ映える曲に、さらにどんな生命が宿されるか。実に楽しみである。
文:香原斗志

左:マルクス・アイヒェ 右:クリストフ・ベルナー

*本公演は2021年4月9日に延期となりました(出演者一部変更)。
詳細は下記ウェブサイトでご確認ください。
https://www.tokyo-harusai.com/program_info/2021_markus_eiche/


【公演情報】
東京春祭 歌曲シリーズ vol.28
マルクス・アイヒェ(バリトン)& クリストフ・ベルナー(ピアノ)

2020.3/23(月)19:00 東京文化会館 小ホール

●出演
バリトン:マルクス・アイヒェ
ピアノ:クリストフ・ベルナー
朗読:奥田瑛二

●曲目
ブラームス:ティークの「マゲローネ」によるロマンス op.33