Trio Accord ベートーヴェン ピアノ三重奏曲 全曲演奏会 I

 ベートーヴェンの、はじまりの光景。それをどこにみるかはさまざまだろうが、op.1として世に問うたのが、3曲のピアノ・トリオであることは紛れもない事実だ。ピアノ三重奏曲の分野でどっしりと4楽章構成を構えたことも大きな意欲の表れだろうし、その第1曲op.1-1がまた、ベートーヴェンが後々まで愛好する変ホ長調、すなわち「英雄」の調で書かれていることも見落とせない。

 べートーヴェンのop.1の3曲は、ウィーン移住後の最初の重要作のひとつとみなされるが、第1番はボン時代に作曲されたものを改訂したのではないかとも考えられている。そのボン時代、20代に入った青年ベートーヴェンが作曲した、この分野で最初の作品とみられるのがピアノ三重奏曲WoO.38。つまり、はじまりのはじまりたるこの曲でも、変長調をとったわけだ。トリオ・アコードはこの作品からベートーヴェン・チクルスをはじめていく。

 東京藝大の気の合う同級生が組んだ「トリオ・アコード」がいったん活動を中断したのは、ヴァイオリンの白井圭が他ならぬウィーン、ピアノの津田裕也がベルリン、チェロの門脇大樹がアムステルダムへとそれぞれに留学したからだった。仲の良さはずっと変わらないようで、さらに成長した音楽家どうしとして活動を再開することになり現在にいたるが、多忙な3人のトリオ活動の機会として、この「東京・春・音楽祭」の場こそは大きいようにみえる。

 さて、全3回のチクルス第1夜をしめくくるのは、ピアノ三重奏曲第5番ニ長調 op.70-1。ベートーヴェンが1808年、「傑作の森」と称される創作の全盛期を歩むなかで書かれた独創的な作品で、第2楽章の幻想的な不思議な性格から「幽霊」の名で親しまれてきた。トリオ・アコードは心にくくも、この前にアレグレット 変ロ長調 WoO.39を置くが、これはプログラム中もっとも遅く、1812年にかのブレンターノの娘「マクセのため」、「ピアノを弾く励ましに」と偉才が記した、愛らしくも心優しい曲である。トリオ・アコードはそうして、チクルス初回から、ベートーヴェンのさまざまな人間性もみせてくれるわけだ。
文:青澤隆明

津田裕也、白井 圭、門脇大樹


【公演情報】
Trio Accord――白井 圭(ヴァイオリン)、門脇大樹(チェロ)、津田裕也(ピアノ)
ベートーヴェン ピアノ三重奏曲 全曲演奏会 I

2020.3/19(木)18:30 旧東京音楽学校奏楽堂

●出演
トリオ・アコード
 ヴァイオリン:白井 圭
 チェロ:門脇大樹
 ピアノ:津田裕也

●曲目
ベートーヴェン:
 ピアノ三重奏曲 変ホ長調 WoO.38
 ピアノ三重奏曲 第1番 変ホ長調 op.1-1
 ピアノ三重奏のためのアレグレット 変ロ長調 WoO.39
 ピアノ三重奏曲 第5番 ニ長調 op.70-1 《幽霊》