【特別エッセイ】音楽評論家・東条碩夫の東京春祭逍遙

 「東条碩夫のコンサート日記」でもおなじみの音楽評論家、東条碩夫。FM東京で数多くの音楽番組に携わり、書籍、内外のコンサートやオペラのレビュー、オペラ講座などでクラシック音楽の魅力を伝え続ける東条が、東京春祭2020のプログラムをのなかから特に聴きたい注目の公演について、その思いを語る。

文:東条碩夫(音楽評論家)


●東京春祭ワーグナー・シリーズが完結

 ワーグナーの主要作品10作を演奏会形式で取り上げてきたシリーズもついに最終ステージを迎えた。今年は《トリスタンとイゾルデ》全曲である(4/2、4/5 東京文化会館大ホール)。

 ワーグナー嫌いの人たちからは、偏っているとか不公平だとか、あれこれ言われたらしいが、私どもワーグナー愛好家からみれば、これはまたとない贈り物だった。ひとつの音楽祭が、ひとりの巨人作曲家のオペラ主要作品を連続上演完結させるーーそれは大いに意義深い試みなのである。

 今年の《トリスタン》では、おなじみのマレク・ヤノフスキが指揮する。日の出の勢いにあるテナーのアンドレアス・シャーガーが《ジークフリート》以来3年ぶりに登場してトリスタンを歌うのにも期待したい。演奏会形式上演なので、気を散らされることなく、この官能的な音楽の中へ没頭できるという良さもある。

 なおこれに関連して、昨年から始まった「子どものためのワーグナー」という、《トリスタンとイゾルデ》を約90分に抜粋した上演もある。こちらはダニエル・ガイスの指揮と東京春祭特別オーケストラ、日本人歌手による簡単な芝居付きの上演だ。この「究極の愛の歌」を、どれだけ子どもに解りやすく作れるのか、見ものである(3/28、3/29、4/1、4/4、4/5 三井住友銀行東館)。

2019年 子どものためのワーグナー《さまよえるオランダ人》より
C)寺司正彦


●今年の「東京春祭」最大の呼びもの

 ワーグナーばかりじゃーーと怒っていた人は、今年は俄然イタリア・オペラが優勢になってきたのを喜ぶべきだろう。まずは巨匠ムーティが指揮するヴェルディの《マクベス》演奏会形式・字幕付上演である(3/13、3/15 東京文化会館大ホール)。ムーティのイタリア・オペラの指揮がいかに凄いかは昨年の《リゴレット》でも実証済みだ。その上、今年は昨年と違い、本格的な全曲演奏である! 

 歌手陣にもルカ・ミケレッティ(マクベス)、リッカルド・ザネッラート(バンコ)、アナスタシア・バルトリ(マクベス夫人)ら錚々たる顔ぶれが揃い、胸を躍らせる。
 これは、今年の「東京春祭」最大の呼びものかもしれない。

 なおこれに先立ち、3月6日にはーーこれだけはなぜか新宿初台の東京オペラシティコンサートホールで、ムーティ自身による《マクベス》の解説というイベントがある。彼の話がいかにユーモアたっぷり、「目からウロコ」的な面白さにあふれ、しかも迫真力に富んでいるか。まだ聴いたことのない方には、ぜひお薦めしたい。

 ちなみにムーティの「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」の受講生たちが出る《マクベス》の方は、昨年同様の抜粋による演奏会形式で、沖澤のどかを含む4人の指揮者が振る(3/14 東京文化会館大ホール)。

左より:サミュエル・スンワン・リー、沖澤のどか、チヤ・アモス、ヨハネス・ルーナー

●プッチーニ・シリーズの開始

 イタリア・オペラ系ではもうひとつ、なんと「プッチーニ・シリーズ」が始まる。初回に所謂通俗名作でなく、「三部作」(《外套》《修道女アンジェリカ》《ジャンニ・スキッキ》)を持って来たところなど、企画のひねりが利いているだろう。スカップッチ指揮読売日本交響楽団が演奏、ロベルト・フロンターリ(ミケーレ、ジャンニ・スキッキ)らが歌う演奏会形式上演(4/18 東京文化会館大ホール)。


●ベートーヴェンの大曲「ミサ・ソレムニス」

 さらにオーケストラ・コンサートとして、私はヤノフスキが東京都交響楽団と東京オペラシンガーズを指揮するベートーヴェンの大曲《ミサ・ソレムニス》を楽しみにしている。エリーザベト・クールマン、アイン・アンガーら、《トリスタン》に出たお歴々も歌う(4/12 東京文化会館大ホール)。


●室内楽とリサイタルの宝庫

 「東京春祭」は、室内楽とリサイタルの宝庫でもある。よくまあこれだけ揃えたものだ、と感心するようなラインナップで、極端に言えばどれも聴いてみたいところだが、たとえばーー

 ピアノではオリ・ムストネン3/22)、エリーザベト・レオンスカヤ4/44/8)、デジェ・ラーンキ4/15)。
 歌曲ではマルクス・アイヒェ3/23)、クリスティアン・エルスナー4/7)、アンドレアス・シャーガー4/9)、エリーザベト・クールマン4/16)。
 室内楽では「ベートーヴェンのピアノ三重奏曲全曲連続演奏会」3/193/203/21)、「ブラームスの室内楽」4/6)、「クレメンス・ハーゲンと河村尚子のベートーヴェン」4/94/10)、「戸田弥生の室内楽」4/14)、「メシアンの『世の終りの四重奏曲』」4/15)。
ーーその他にもいろいろ、どれを選ぼうかと悩んでいるところだ。

 博物館や美術館で、動物や絵画を眺めながらバッハを聴く、などというのもオツなものだろうと思う。


【Profile】
東条碩夫(トウジョウ・ヒロオ)

早稲田大学卒。1963年FM東海(のちのFM東京)に入社、「TDKオリジナル・コンサート」「新日フィル・コンサート」など同社のクラシック番組の制作全体に携わる。75年文化庁芸術祭大賞受賞番組(武満徹作曲「カトレーン」委嘱)制作。  のちFM静岡編成制作部長、FM東京制作一課長、「ミュージックバード」(CS-PCM衛星デジタル・ラジオ)編成部長等歴任。現在はフリーの評論家として新聞・雑誌等に寄稿、TV、FM番組に出演。 ●著書「朝比奈隆ベートーヴェンの交響曲を語る」(音楽之友社刊)、「伝説のクラシック・ライヴ」(TOKYO FM出版)他、共著多数。
東条碩夫のコンサート日記 http://concertdiary.blog118.fc2.com


【公演情報】
●東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.11
《トリスタンとイゾルデ》(演奏会形式/字幕・映像付)

2020.4/2(金)、4/5(日)各日15:00 東京文化会館 大ホール
https://www.tokyo-harusai.com/program_info/tristan-und-isolde-02/

●東京春祭 for Kids
子どものためのワーグナー《トリスタンとイゾルデ》(バイロイト音楽祭提携公演)

2020.3/28(土)13:30 、3/29(日)13:30、4/1(水)18:30、4/4(土)13:30、4/5(日)13:30
三井住友銀行東館ライジング・スクエア1階 アース・ガーデン

https://www.tokyo-harusai.com/program_info/for-kids-tristan-und-isolde-28/

●イタリア・オペラ・アカデミー in 東京 vol.2
リッカルド・ムーティ指揮《マクベス》(演奏会形式/字幕付)
2020.3/13(金)18:30、3/15(日)15:00 東京文化会館 大ホール

https://www.tokyo-harusai.com/program_info/muti-conducts-macbeth-13/

●イタリア・オペラ・アカデミー in 東京 vol.2
リッカルド・ムーティによる《マクベス》作品解説
2020.3/6(金)19:00 東京オペラシティ コンサートホール

https://www.tokyo-harusai.com/program_info/riccardo-muti-macbeth-piano/

●イタリア・オペラ・アカデミー in 東京 vol.2
イタリア・オペラ・アカデミー特別公演
リッカルド・ムーティ introduces 若い音楽家による《マクベス》(抜粋/演奏会形式/字幕付)
2020.3/14(金)19:00 東京オペラシティ コンサートホール

https://www.tokyo-harusai.com/program_info/young-musicians-macbeth/

●東京春祭プッチーニ・シリーズ vol.1
《三部作》外套 / 修道女アンジェリカ / ジャンニ・スキッキ(演奏会形式/字幕付)
2020.4/18(土)15:00 東京文化会館 大ホール

https://www.tokyo-harusai.com/program_info/il-trittico/

●東京春祭 合唱の芸術シリーズ vol.7
ベートーヴェン《ミサ・ソレムニス》
2020.4/12(日)15:00 東京文化会館 大ホール

https://www.tokyo-harusai.com/program_info/missa-solemnis/