音楽評論家・萩谷由喜子がおすすめする東京春祭2020

 WEBぶらあぼANNEX東京・春・音楽祭2020特設サイトでは、クラシック音楽情報誌『ぶらあぼ』の執筆陣に、東京春祭の魅力とおすすめ公演をアンケート。第4弾は、音楽評論家・萩谷由喜子のおすすめ公演をご紹介する。

文:萩谷由喜子(音楽評論家)


━━あなたにとっての東京春祭の魅力、楽しみ方は?

 「東京・春・音楽祭」の魅力はずばり、クオリティの高さにある。国内外の一流演奏家が入れ替わり立ち替わり登場して、その演奏家にふさわしい演目を渾身で聴かせてくれるのだ。今回でいうと、イタリア・オペラ界の最高峰リッカルド・ムーティがヴェルディ《マクベス》を演奏会形式で振るかと思えば、ドイツの劇場育ちの巨匠マレク・ヤノフスキがワーグナー《トリスタンとイゾルデ》を同じく演奏会形式で聴かせてくれる。さらに、ヤノフスキは生誕250年の時の人、ベートーヴェンの《ミサ・ソレムニス》の指揮台にも立つ。器楽、室内楽、声楽のコンサートも充実していて、河村尚子(ピアノ)郷古廉(ヴァイオリン)加藤洋之(ピアノ)戸田弥生(ヴァイオリン)林美智子(メゾソプラノ)与儀巧(テノール)ら実力派日本人演奏家のステージも見逃せない。


━━おすすめ公演3つ。それぞれのお薦めポイントは?

●東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.11
《トリスタンとイゾルデ》(演奏会形式/字幕・映像付)(4/2、4/5)

 指揮のマレク・ヤノフスキはドイツ各地の劇場から叩きあげて世界のオペラ・ハウスを席巻した巨匠。「東京春祭」では2014〜17年の《ニーベルングの指環》チクルスを見事に完遂した。その彼が今度は《トリスタンとイゾルデ》で再登場とあって、これはもう一押しである。2回休憩を含む全5時間公演なので、短縮なしと思われる。
 トリスタンのアンドレアス・シャーガーはオーストリア出身のドラマティック・テノール。13年には東京で同役を歌った経験もあり、その後15年に、ベルリン国立歌劇場で新制作《パルジファル》のタイトルロールも務めた人。イゾルデのペトラ・ラングは「東京春祭」リングのブリュンヒルデでもお馴染み。イゾルデ役は16年から4年連続バイロイトで歌っている。


●東京春祭 合唱の芸術シリーズ vol.7
ベートーヴェン《ミサ・ソレムニス》(4/12)

 オーケストラと人声を融合させたベートーヴェンの大作、といえば「第九」交響曲が思い浮かぶ。一方、この作品とほぼ同時期に、ベートーヴェンは演奏時間では第九以上の巨大ミサ曲を書き進めていた。最大のパトロンにして愛弟子でもあったルドルフ大公のオルミュッツ大司教就任祝いのために構想されたが、作曲に5年を費やしたため就任式には間に合わず、1824年4月にようやく初演された《ミサ・ソレムニス》である。ベートーヴェン自身、自作中で最も高い評価を与えたというこの大作は第九の影に隠れがちだが、生誕250年の2020年こそ、この傑作と正面から向き合いたい。マレク・ヤノフスキが東京都交響楽団を振り、バスのアイン・アンガーら一流歌手がソリストを務める。


●エリーザベト・レオンスカヤ(ピアノ) II
ベートーヴェン 後期三大ピアノ・ソナタ(4/8)

 ベートーヴェンの32曲のピアノ・ソナタは彼の不断のソナタ創作の歩みを物語る。作品109、作品110、作品111の最後の3曲のソナタは晩年に同時進行の形で書き進められた。抒情味あふれる作品109は一足先に出来上がったものの、健康状態の悪化によって残る2曲の完成は大幅に遅れた。作品110は第3楽章後半が長大なフーガとなっている点がいかにもベートーヴェンらしい。作品111は2楽章というシンプルな構成だが、第1楽章にはソナタ形式の中に対位法やフーガの手法が盛り込まれ、第2楽章には変奏曲技法の粋が尽くされている。彼がピアノ・ソナタのジャンルで成し遂げたかったことのすべてがこの3曲で完結した。名手レオンスカヤで聴ける幸せに浸りたい。


【Profile】
萩谷由喜子(はぎや・ゆきこ)

音楽評論家。東京生まれ。日舞、邦楽とピアノを学び、立教大学卒業後音楽教室を主宰する傍ら音楽評論を志鳥栄八郎氏に師事。専門分野は女性音楽史、日本のクラシック音楽受容史。『音楽の友』『モストリークラシック』等の批評欄を担当、日本経済新聞、産経新聞等に音楽記事を執筆。NHKラジオ深夜便に随時出演。クラシック音楽講座の講師を務める。主な著書に『幸田姉妹』『田中希代子』『諏訪根自子』『蝶々夫人と日露戦争』『クララ・シューマン』。


【公演情報】
東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.11
《トリスタンとイゾルデ》(演奏会形式/字幕・映像付)

2020.4/2(木)15:00、4/5(日)15:00 東京文化会館 大ホール

東京春祭 合唱の芸術シリーズ vol.7
ベートーヴェン《ミサ・ソレムニス》

2020.4/12(日)15:00 東京文化会館 大ホール

エリーザベト・レオンスカヤ(ピアノ) II
ベートーヴェン 後期三大ピアノ・ソナタ

2020.4/8(水)19:00 東京文化会館 小ホール