音楽ライター・宮本明がおすすめする東京春祭2020

 WEBぶらあぼ ANNEX 東京・春・音楽祭2020特設サイトでは、クラシック音楽情報誌『ぶらあぼ』の執筆陣に、東京春祭の魅力とおすすめ公演をアンケート。第3弾は、音楽ライター、編集者・宮本明のおすすめ公演をご紹介する

文:宮本 明(音楽ライター、編集者)

━━あなたにとっての東京春祭の魅力、楽しみ方は?

 現在50〜70歳代のファンにとって、東京のクラシック音楽の殿堂といえば、長いあいだ東京文化会館で一択だったはずだ。いわば聖地でもあると同時に、安心して帰っていける「わが家」のようでもある。だからその上野を会場に繰り広げられる東京春祭にも、勝手にそんなホーム意識を感じている。
 大ホールでの公演に目が行きがちだけれど、プログラムの大半は文化会館小ホールや近辺のさまざまな会場で行われる中小規模のコンサートで、演奏家の息づかいを間近に感じられるのもうれしいことだ。毎年楽しみなのは美術館や博物館でのミュージアム・コンサート。特に普段は入れない夜のミュージアムの、人気(ひとけ)のない通路などを通るだけでもどきどきする。だってなんか出てきそうじゃないですか!

左より:リッカルド・ムーティ、指揮受講生、マレク・ヤノフスキ、カタリーナ・ワーグナー

━━おすすめ公演3つ。それぞれのお薦めポイントは?

【開催延期】イタリア・オペラ・アカデミー in 東京 vol.2
リッカルド・ムーティ指揮《マクベス》(演奏会形式/字幕付)(3/13、3/15)

 公演はもちろんだけれど、ムーティが受講生を指導するレッスンの聴講を推したい。
 初開催の前回、初日からフル参戦。「そうだったのか」と目からウロコ、「なるほど」と膝を打ち、「そうだそうだ」と首肯する、その連続。受講生からは沖澤のどかがブザンソン国際指揮者コンクール優勝と羽ばたいた(彼女は今回も受講)。
 「巨匠が伝えるイタリア・オペラの真髄」「ヴェルディの魂の真の継承者」といった躍り文句はまさにその通りなのだけれど、レッスンを数時間見ただけで、ムーティが教えているのが、ひとつひとつの小さな、そして非常に具体的なノウハウの積み重ねであることがすぐにわかる。結果として、それを私たち聴き手は「真髄」や「魂」と呼ぶのだろう。
 そんな理屈は抜きにしても、ニヒルだけどお茶目なムーティの人柄に触れることができる貴重な機会でもある。なにより、およそ10日間、ひとつの演目を巨匠と濃密に共有することで得られる作品理解は、通常の鑑賞で得るそれとは比較にならないと思う。《マクベス》通になるチャンス。
 聴講の対象は原則的には音楽家を目指す若い人たちなので参加には条件があるが、空席次第で、前回も一般に開放されていた。公式サイト等でこまめにチェックして、ぜひ!


【開催中止】東京春祭 合唱の芸術シリーズ vol.7
ベートーヴェン《ミサ・ソレムニス》(4/12)

 ベートーヴェン・イヤーに、ヤノフスキ自らが、たっての希望で選んだという《ミサソレ》。「第九」はもちろん人類の宝だけれど、合唱の面白さ、声楽の充実度でいったら断然こっちだ。といっても80分前後の大作なので、集中力を切らさないための私的聴きどころを3つ・・・・・・。

 Ⅰ. これ、本当にベートーヴェン? と思うほど、しつこさゼロで簡潔にあっさりと終わる《グローリア》の最後。
 Ⅱ. 《クレド》で、一気に場面転換するように空間を切り裂いて歌い出す合唱のテノール、「そして3日目に蘇り」の、クリアで美しいG音。
 Ⅲ. 頭上に降りそそぐ精霊たちが舞うような、美しく、そして長い《ベネディクトゥス》のヴァイオリン・ソロと、それに導かれて昇天していく重唱と合唱。涙なしに聴けない天上の音楽。


【開催中止】東京春祭 for Kids 子どものためのワーグナー《トリスタンとイゾルデ》
(バイロイト音楽祭提携公演)(3/28、3/29、4/1、4/4、4.5)

 人妻との不倫を反映した、私たちがしばしば「官能的」と表現する作品を、子どもたちはどう感じるのだろう。
 バイロイトとの提携で前回からスタートした「子どものためのワーグナー」は、縮小編曲版とはいえ、作曲家の血筋のカタリーナ・ワーグナーが監修する、いわば正統。銀行での上演というのも面白い。今回はそこにかなり本格的で大掛かりな船の甲板が組まれる。大人の鑑賞にも十分に耐えるクオリティのプロダクションなので、対象のお子さん(小学生から18歳未満)がいる方は、なにかご褒美をぶら下げてでも、保護者として同行させてもらったほうがいいと思う。歌はドイツ語、台詞は日本語。約90分に圧縮されているので、演奏会形式による全幕上演の「東京春祭ワーグナー・シリーズ」のほうの《トリスタン》のためのウォーミングアップないし予習としてもよいかも。残念ながら大人だけでの入場希望者は、残席がある場合のみ2月28日から受付開始。昨年の盛況からは狭き門と予想されるが、チャレンジしてみる価値はある。

2019年 子どものためのワーグナー《さまよえるオランダ人》より
C)増田雄介


【Profile】
宮本 明(みやもと・あきら)

音楽ライター、編集者。1961年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。『レコード芸術』『音楽の友』『GRAND OPERA』などの編集部勤務を経て、2004年からフリーランスに。『ぶらあぼ』『CDジャーナル』等の雑誌、『クラシカジャパン』『チケットぴあ』等のインターネット媒体、CDライナー等の執筆、音楽関連書籍の編集、コンサートのMC台本執筆、録音の監修・制作など、形態を問わず音楽関連の仕事に関わっている。

【公演情報】
【開催延期】イタリア・オペラ・アカデミー in 東京 vol.2
リッカルド・ムーティ指揮《マクベス》(演奏会形式/字幕付)

2020.3/13(金)18:30、3/15(日)15:00 東京文化会館 大ホール

【開催中止】東京春祭 合唱の芸術シリーズ vol.7
ベートーヴェン《ミサ・ソレムニス》

2020.4/12(日)15:00 東京文化会館 大ホール

【開催中止】東京春祭 for Kids
子どものためのワーグナー《トリスタンとイゾルデ》(バイロイト音楽祭提携公演)

2020.3/28(土)13:30、3/29(日)13:30、4/1(水)18:30、4/4(土)13:30、4/5(日)13:30
三井住友銀行東館 ライジング・スクエア1階 アース・ガーデン