音楽評論家・青澤隆明がおすすめする東京春祭2020

 WEBぶらあぼANNEX東京・春・音楽祭2020特設サイトでは、クラシック音楽情報誌『ぶらあぼ』の執筆陣に、東京春祭の魅力とおすすめ公演をアンケート。第2弾は、音楽評論家・青澤隆明のおすすめ公演をご紹介する。

文:青澤隆明(音楽評論家)


━━あなたにとっての東京春祭の魅力、楽しみ方は?

 四季というものが、これほど無残に崩れてしまった現在においても、春にはやはり特別な彩りがある。
 種々の生命の息吹き、ということはもちろんだが、その激しさと儚さ、移ろいと緩慢さにひらかれて、それだけに死というものが漂うように混じってくる。それこそが、春という季節に独特の幽境と言えるのではないか。

 「東京・春・音楽祭」には、自然と上野の春が重なってくる。まるで、その春の大きな懐のなかで、歴史的な時間を宿す文化会館や美術館におりてきて、音楽がそれぞれに、しかし、しっかりとそれぞれの声を咲かせている。それが東京春祭の場が宿す、大きな春の力であり、古い言いかたでいうハレの力でもあるのだろう。だからこその発見があり、多様な驚きもある。

 そうでなければ、たとえば昨年の春、エリーザベト・レオンスカヤが弾いたシューベルト・チクルスにしても、私の心にあれほど生の力をつよく訴えかけて響くことはなかったかもしれない。そういう心と場、空気の取り合わせというものが、生演奏を聴く楽しみでもある。

 春に芽吹くからには、冬を耐え忍ぶことはもちろん、厳しい夏や澄んだ秋を通じて、それだけの準備を温めてくることが必要である。私は聴き手として、その備えを経てきているだろうか。そういう思いも抱きながら、いそいそと桜を見上げ、上野公園の界隈を歩く。そんな春がまた近くめぐってくる。


━━おすすめ公演3つ。それぞれのお薦めポイントは?

●ブラームスの室内楽 VII
エリーザベト・レオンスカヤ(ピアノ)を迎えて(4/6)

 東京春祭が好きなのは、さすが東京文化会館らしく、演奏の歴史と記憶を思い出させてくれるところだ。たとえば、《リヒテルに捧ぐ》という巨匠の生誕100年を祝したシリーズ。

 2015年の春、エリーザベト・レオンスカヤもやってきて、日本で32年ぶりとなるソロ・リサイタルをひらいた。このとき演奏したシューベルトの後期ソナタが、18年のシューベルト・チクルスに繋がったのだった。それも感慨深いものだったけれど、私がさらにつよく惹き込まれたのは、ボロディン弦楽四重奏団と共演したシューマンとショスタコーヴィチの五重奏曲。ほんとうにびっくりした。とくにシューマンのピアノ五重奏曲といえば、とかく奏者が頑張りすぎてしまうことが多いように思うが、ところがところが、こんなにも間引いた表現で、かえって音楽を深く自由に、しかも熱く演奏できるピアノを聴けるとは驚きだった。

 5年がめぐって、今度はブラームスの四重奏曲を、東京春祭でもこの作曲家に心血を注いできた日本の誇る名手たちと弾く。世代を超えて、なにが生まれ、どのように交わされ、音楽のなにが引き継がれていくのか。まさにフェスティヴァルの本懐ともいえる貴重な機会になるだろう。共演者だけでなく、私たち聴き手にとっても。


●エリーザベト・レオンスカヤ(ピアノ) II
ベートーヴェン 後期三大ピアノ・ソナタ(4/8)
●東京春祭 合唱の芸術シリーズ vol.7
ベートーヴェン《ミサ・ソレムニス》(4/12)

 とにもかくにも、ベートーヴェン・イヤーである。生誕250年。偉才はまだまだお元気だ。
 東京春祭は、だからといって大騒ぎする気配もなく、しかしさりげなく、骨太なオマージュを織り込んでいる。

 ベートーヴェンのop.1は? 3つのピアノ三重奏曲だ。こちらは、Trio Accordがさらにその前後を含めた三重奏曲全曲演奏会に盛り込んでいる。弦楽器とピアノの二重奏ソナタならば、2つのチェロ・ソナタop.5が始まりだが、この分野ではクレメンス・ハーゲンと河村尚子が変奏曲も含めた全曲演奏を託されている。

 さてさて、では、晩年作はといえば、エリーザベト・レオンスカヤがピアノ・リサイタルでは後期ソナタ3曲に集中する。そしてこれらと重なる時期に創作された畢生の大曲「ミサ・ソレムニス」を、東京春祭の近年の顔のひとりともいえるマレク・ヤノフスキが指揮する。ホーム・オームストラともいえる東京都交響楽団と、東京オペラシンガースの合唱。オペラやリートにもとくに目が利く春祭だからこそ、錚々たる声楽家が集う。あわせて偉才の晩年の境を訪ねたくなる、重厚な企画だ。
 そういえば、荘厳ミサの初演も春の出来事だった。


●フェルハン&フェルザン・エンダー(ピアノ・デュオ)
2台のピアノによるヴィヴァルディ《四季》(3/18)

 2020年の東京春祭は、デジュー・ラーンキオリ・ムストネンの個性が際立つリサイタル、フォルテピアノの川口成彦、室内楽では児玉桃など、さまざまなピアニストが多彩なプログラムを弾く、まさしく「春の祭典」の活況を呈している。

 せっかくだから、まったく初めてのピアニストも聴いてみよう。と思ってみると、フェルハン&フェルザン・エンダーという名前がある。トルコの双子の姉妹で、ファジル・サイとの交流が深いことは知っていても、まだ生演奏に触れる機会はなかった。

 ファジル・サイがふたりのために書いた協奏曲「ゲジ・パーク1」は、作曲中には「ツインズ」との仮題をもっていたという。今回のコンサートでは、そのサイが彼女たちのために作曲した4手連弾「イスタンブールの冬の朝」と2台のピアノのためのソナタが演奏される。東西の架橋を希うサイの音楽を、トルコの双子の姉妹が演奏するわけだ。それから、やはりCD録音もあるヴィヴァルディの「四季」を演奏する。まさに四季の始まり、春サイである(イスタンブールは冬の朝だけれど)。
 実際にコンサートを聴いてみないことにはわからないが、やはりピアノ・デュオはライヴで聴くのが面白いに決まっていると思う。


【Profile】
青澤隆明(あおさわ・たかあきら)

音楽評論家。1970年東京生まれ、鎌倉に育つ。東京外国語大学英米語学科卒。高校在学中からクラシックを中心に音楽専門誌などで執筆。新聞、一般誌、演奏会プログラムやCDへの寄稿、放送番組の構成・出演のほか、コンサートの企画制作も広く手がける。主な著書に『現代のピアニスト30-アリアと変奏』(ちくま新書)、ヴァレリー・アファナシエフとの『ピアニストは語る』(講談社現代新書)など。medici.tv JAPAN(https://medicitv.jp) にて「音楽日記」更新中。


【公演情報】
ブラームスの室内楽 VII
エリーザベト・レオンスカヤ(ピアノ)を迎えて

2020.4/6(月)19:00 東京文化会館 小ホール

エリーザベト・レオンスカヤ(ピアノ) II
ベートーヴェン 後期三大ピアノ・ソナタ

2020.4/8(水)19:00 東京文化会館 小ホール

東京春祭 合唱の芸術シリーズ vol.7
ベートーヴェン《ミサ・ソレムニス》

2020.4/12(日)15:00 東京文化会館 大ホール

フェルハン&フェルザン・エンダー(ピアノ・デュオ)
2台のピアノによるヴィヴァルディ《四季》

2020.3/18(水)19:00 上野学園 石橋メモリアルホール